宿直事件簿

私は大学院時代を通じて公立高校の宿直のバイトをしていた。大学院修士課程入学と同時に始めて、博士課程単位取得退学とともにやめたので、結局五年間やっていたことになる。
五時に勤務先の高校に行く。二人いて、一人は食事担当、もう一人が見回り担当になる。六時頃、食事担当は食材の買い出し。七時頃夕食。私はナイターを見てから見回りに行く。冬は適当な時間に行く。あまり夜遅いと気持ち悪いので遅くなりすぎない内に行く。懐中電灯一つで夜の高校を見て回るのは実はあまり気持ちの良いものではない。特に工事中に転落死のあった現場とかは「出る」という噂だ。私は唯物論者なので(笑)幽霊は実在しないと信じているが、それでも気分の良いものではない。私がもし幽霊を信じていたら、この仕事は絶対にしていない。天井に人の顔みたいなのが映っているなんてザラだ。私は唯物論者なので(笑)光の反射で片づけていた。何度も言うが、もし私が幽霊を信じていたら、やってられない。
幽霊以上に悩まされるのが変な事件である。
例えば日の丸引きずり下ろし事件。これは私が直接体験したわけではなく、前日にやられた宿直から聞いた話である。
午後十二時、といえば、見回りも終わって戸締まりも完全に済んで、あとは風呂入って寝るか、という状態。いきなり非常ベルが鳴る。実はこの高校、管理棟(事務室・職員室などが入っている棟)以外は侵入が容易な欠陥設計なのだ。管理棟にだけは入られないようにしている。一番遠い教室棟で非常ベルが鳴った。当然一人で行く勇気はない。二人で向かったらしい。その隙に管理棟に侵入され、屋上の日の丸掲揚台(当時国旗・国歌法施行前)に掲揚してあった日の丸が降ろされ、たたまれてあり、かわりにパンツが掲揚されていたらしい。パンツをどうやって掲揚するのか、という疑問は残るが、あくまで聞いた話だ。
だれですか、笑っているのは。宿直員にとってはシャレになりません。こういうことはやめて下さい。
ちなみに容疑者はあがっている。その前日で仕事を辞めた宿直員ではないか、という推測だ。日ごろの言動や、宿直の心理、高校の状況を知り尽くした行動などから内部の事情に詳しいものの犯行と思われる。頼みますよ、可愛い後輩をいじめないでよ。しかしその時に入ってなくて本当によかった、と思った。