2012-01-01から1年間の記事一覧

見ぃつけた。あなたの壊し方

タイトルと内容は関係ありません。ドラマの宣伝で見かけて、何か気に入った。 私がそもそもグラディエーターneoairwolf大先生を知ったのは、JIM氏のコメントではなく、渡邊大門氏を通じてである。渡邊氏と上里隆史氏は友人であるようで、渡邊氏のツイッター…

城主経験値

現在9887。城主レベル30になるには10400必要。それまでひたすら秘境送り。史料の根本的な誤読を訂正するよりは新たな所領の確保が大事。それが終わったら、史料の誤読を訂正しよう。 だから虚勢張ってないで、早く史料の誤読を指摘して、とどめをさしてやろ…

ネタ投下

実は琉球史に関する史料に関して、このブログでは致命的な誤読をやらかしている。自分で訂正しようと思っていたが、折角だからneoairwolf氏に見つけてもらって、氏の手柄としよう。 追記 氏のブログからのアクセスが減少しているぞ!頑張れ、neoairwolf大先…

コメント削除について

はてな規約違反のコメントを削除しました。 あとは残っておりますので、数少ない読者の皆様、御味読下さい。自らの発言の信頼性を自ら毀損するタイプの味わい深いサンプルとなっております。なおこの書き込みを放置すること自体、ある種のイジメと考える余地…

C56乗務員

我が鉄道の機関助士は投炭中だが、多くは右前方確認中だ。投炭中の方が人形の加工が少ないのでいいと思うが。ただKATOの人形はドイツのものなので少し大きい。

乗務員

KATOのC56はキャブが見えるので、無人だと何だかな、という感じ。そこで乗務員を乗せて見た。 KATOのSL乗務員を購入、テンダーはあっさり外れるが、キャブの外し方が分からない。無理にすると壊れそうなのでキャブを外さずに工作を行うことにする。 機関士は…

間違い探し

現況。 車両をキハ04から北陸鉄道キハ5201に変えた。羽咋から三明までの能登線で活躍した車両。ちなみに貨車廃車体利用の渋い倉庫はここが出処「繁殖?!:下総鉄道工事中?~昭和の鉄道模型をつくる~:So-netブログ」。しばらく鑑賞用にガラス戸付きの本棚に…

レイアウトに完成なし

「昭和の鉄道模型をつくる」にまだ手を加えている。貨車改造の倉庫の置き場所を変えた。駅に停車中の列車をフリーの1031二色からキハ04にかえた。 ついでに。

貨車設置

少し前に入手した貨車改造の倉庫を設置。

C56入線

KATOのC56の写真。C56はマイクロエースのC56 150を持っているが、レイアウト(昭和の鉄道模型をつくる)との相性がいまいちだった。ポイントのところで引っかかる。特に娘がいるとケースを外せないから、引っかかったり、脱線したりは絶対に避けたい。KATOのC5…

C56小海線

入手。小学生の頃紙とセロテープで作った。ナハフ10もどきも作って楽しんでいた。昭和の鉄道模型をつくるのレイアウトを走れそうなので購入決定。客車は走行不可なので、貨車。ワフ29500が欲しかったが品切れ。仕方がないのでヨ6000とワム70000を購入。ツム…

阪急6300系

ゲット。今年は諦めていた。まだあった。夙川駅恐るべし。

iPad5つの風景

Mac

今はなきBNN「快適POWERBOOK生活」より。1993年のムックであるから、19年前。この時生まれた人はもうすぐ成人だ。1993年の19年前といえば1974年で、石油危機の翌年。まだ新幹線は岡山まで。 1新幹線で移動中、プレゼン資料を作成する ここで写っているのが10…

阪神7861

入手。十一時ごろに三宮駅にあった。

抜歯

昨日歯を抜いた。親知らず。一ヶ月苦しみ抜いた首痛がすっきり治った。

再論『建内記』応永三十五年正月十七日条

国家鮟鱇氏の記事「将軍のお尻 - 国家鮟鱇」を承けて。 まずは国家鮟鱇氏、本郷和人氏、私の三者で話題になっている足利義持の尻にできたできものについて。 『建内記』応永三十五年正月十七日条には以下のように記述されている。 御雑熱自七日成痛、十日比…

『満済准后日記』応永三十五年正月九日条

国家鮟鱇氏「以外也 - 国家鮟鱇」への返答。国家鮟鱇氏及びリンク先の池田淳氏の史料解釈「昔の人の死 (2008-08-06)」に疑問があるので、今回は焦点となっている部分を検討。 自医師三位方申。自夜前御所様聊御風気。又御雑熱モ又御傷モ興盛云々。但両条更無…

『建内記』応永三十五年正月十七日条

本郷和人氏は足利義持の死因について、傷口から菌が入って死去した、という通説に疑義を呈し、『建内記』に義持のおできは「馬蹄である」とされていることに着目して義持の死因は憩室炎ではないか、と推測された(『満済准后日記』と室町幕府」、五味文彦編『…

『満済准后日記』応永三十三年三月十三日条

とりあえず記事を引用する。 就雑熱、自御所様医師所阿弥被召下。馬足形風情云々。 この記事を本郷和人氏は「義持のおできは馬足形の風情である」と解釈していらっしゃる(「『満済准后日記』と室町幕府」五味文彦編『日記に中世を読む』1998年所収)。 私は次…

蠣崎季広カード

序で出る。もちろん入手するが、使えなさ満点。コスト1.5だったら秘境要因として使えるが、コスト2だし、攻撃スキルだし、指揮兵数低いし。松前慶広は一応防御として使えたが。北の大名って津軽為信以外ダメダメ。まあ特武将がそれしかない。

語学力…

今語学力のなさで悩んでいる史料。 政所内評定記録(『室町幕府引付史料集成』) 寛正四年 四月十五日、内談 (中略) 一 武田被官与一色左京兆被官相論舟荷物事 於舟者盗物沽却云々。召上彼訴論人可被遂対決。至荷物者、彼船頭負物在之間押取云々。所詮、舟之荷…

中世の北海道史と一次史料

歴史学においては一次史料を中心に書くのが基本である。 とは言っても一次史料がほとんどない分野が存在する。中世の北海道史はその典型例だろう。いきおい編纂物である『新羅之記録』に頼ることになる。しかし残念ながら『新羅之記録』の信憑性は非常によく…

下国康季宛足利義持御内書を読む

『後鑑』に収録されている下国康季宛の足利義持御内書について、詳しく読み込んでみる。従来これは「足利義量御内書」と理解されてきた。理由は『後鑑』が義量の項目にいれているからである。しかし年表をみれば、義持の出家が応永三十年四月二十五日であり…

本当に北方史の史料?

室町時代の津軽道南地域に関わる史料は少ない。以下に掲げる史料は、数少ない室町時代の津軽地域に関する史料とされている史料である。 政所内評定記録(『室町幕府引付史料集成』) 寛正四年 四月十五日、内談 (中略) 一 武田被官与一色左京兆被官相論舟荷物…

室町殿の意を伝える文書

御内書というのは室町殿の意をダイレクトに伝える文書であるが、室町殿が発給する文書は御内書だけではない。室町殿の意を間接的に伝達する「奉書」がある。管領が室町殿の意を奉じて発給する文書を管領奉書または室町殿御教書という。政所奉行人が奉じる文…

仮名書きの御内書4

私が現在蒐集した仮名書きの御内書は琉球宛の「国書」と呼ぶべき文書を除くと五通。このうち三通は仮名を補助的に使っている程度なので、本格的に仮名書きの御内書は今のところ次の二通である。 こんとそうけきにつきて二郎(赤松晴政)のほりてちうせつ候は…

仮名書きの御内書3

琉球世の主宛の国書を「御内書」あるいは御内書に準ずる、と評価することの妥当性をめぐって、現在仮名書きの御内書を集めている。今のところ琉球世の主宛の文書以外では五通検出している。その五例はいずれも『改定史籍集覧』の「室町家御内書案」下の後半…

琉球国王宛の文書の題名をめぐって

まずは史料を一つ引用する。 題して「琉球国王尚真宛室町将軍足利義晴御内書」 御ふみくハしく見申候。進上の物ともたしかにうけとり候ぬ。又この国と東羅国とわよの事申とゝのへられ候。めてたく候 大永七年七月廿四日 御判在之 りうきう国のよのぬしへ こ…

何か変だぞMicrosoft

MSWordが落ちる時に報告をアップするようだが、五分に一回の頻度で送り続けたぞ。落ちすぎだろ。以前から送り続けている(自動的に)全く改善しない。送っても全く活かす気もないのだろうな。向こうから指定してくるから仕方なく使うが。

「琉球之奉行」の実例

琉球奉行に関する史料。 就琉球入貢、点検之事、大概一日諭其点検。(公)方様被恵彼者而頻々有往来則可乎。然則彼者以内点検入麁入細、以註文可献之。若此外有漏池(他、泄)之物、則堅可有御成敗之由、以証状可申(有カ)也。又其内有御用物、則可被召云々。懇々…