日本共産党と社会民主党はチベット問題について早急に声明を出すべき

チベット問題についての日本国政府の声明が腰が引けている、という批判が主として反中を主張するブロガーから出ている。その主張は正しい。しかし政府与党の腰が引けているのもある意味仕方がない。おつきあいもある。民主党もまあ仕方がない。おつきあいもある。問題は日本共産党社会民主党だ。はっきり言って中国政府から見れば日本共産党とか社会民主党など取るに足らないものだろう。実際ほとんど国会内でも存在感の無い小政党だ。北京五輪や上海万博に出入り禁止を食らったとて、日本之交易には何の影響も及ぼさない。そもそも彼らが中国から出入り禁止を食らっても大勢には影響がない。だからこそ反虐殺という視点から中国政府を批判すべきだと思うのだが、とりあえず日本共産党社会民主党の公式サイトにはない。志位和夫委員長、福島瑞穂党首、辻元清美議員、保坂展人議員のブログやサイトをみたが、やはりない。この辺の有名人はとりあえず何か言及すべきだと思うのだが。
かつて日本が侵略した中国への遠慮、というのがあるのであれば、それはばかげている。日本が侵略した過去の歴史はそれとして反省すべきだろうが、現在行われているチベット問題で日本が遠慮すべき理由とはならない。
チベット問題に関する中国のブロガー達の反応を見ておこう(「Expired」)。

「西洋人は中国のことを何でも知っていると思っていて、あれは悪い、これは悪いと指図してくる」とあるブロガーは記し、チベットを中国の一部とするのは正当だとする歴史上の理由を上げ連ねた。
「この件に関しては、ほとんどの外国人は以前から洗脳されている」と別のブロガーも同様の意見を述べている。
敵意に満ちたナショナリズムを表しているブログはほかにもある。
「行儀良くしていれば、文化と恩恵を守ってやるのに」とあるブロガーはチベットについて記している。
「お行儀が悪くても、それでも文化は面倒を見てやる。博物館に収めてね。漢民族は正しいと信じている!」
多くのブロガーは、亡命中の宗教的リーダーで、ノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマが暴動を扇動していると非難している。
「単純な僧侶たち。単純なチベット人独立運動を陰で動かしているものを知っているんだろうか?」とあるブログには書かれている。
あと6カ月足らずでオリンピックが開かれる北京の住民も、同様の意見を示している。
「中国政府はこのガンを切り取らなければならないと思う。まずはダライ・ラマから。たとえわれわれがダライ・ラマと関係なくても、この暴動の背後にいる連中を逮捕すべきだ」とSongと名乗る男性は述べている。

日本でもよく見る論調である。これは偶然ではない。必然なのだ。これは小熊英二氏が主張した「有色の帝国」という概念で説明できる。「有色」とは「欧米」や「白人」から差別と侵略の脅威にさらされている「有色人」という自己認識と、支配地域を有する「帝国」の一員であるという自己認識の間で揺れ動く。こういう両義的な位置の中で揺れ動く支配のありようを小熊氏は「有色の帝国」と名付けた。
小熊氏は『〈日本人〉の境界』(新曜社、1998年)において次のようにいう。

十九世紀末から二〇世紀前半までの時代では、非「欧米」であり「有色人」である近代国民国家で周辺地域に侵略を行なった事例は、大日本帝国をはじめ少数だった。しかし現在ではインドネシア東チモール併合、中国のチベット統治、バングラデシュチッタゴン丘陵支配など、元植民地の国民国家による周辺地域支配は枚挙にいとまがない。もちろんその具体的な政策の表われ方は一様ではないが、共通した特徴は、いずれも「欧米」による被害の歴史をうたいながら侵略が正当化されていることである。

こうした状態のもとでは、みすから支配や差別を行なっていることは自覚されない。日本においては、「植民地」という言葉が忌避され、また人種主義の論調が少なかったが、それは支配や差別が存在しなかったのではなく、「植民地」や「人種」という言葉で支配や差別が表現されなかったのである。

上の中国のブロガー達の意見は「欧米」への対抗意識をむき出しにしながら、チベット統治を正当化するという点でまさしく「有色の帝国」的な論調のモデルケースですらある。
「有色の帝国」の戦略として小熊氏はマイノリティの特性を利用した支配である、として次のように述べる。

こうした「有色の帝国」は、「欧米」と「アジア」、「加害者」と「被害者」、「有色」と「帝国」といった二項対立の、いわば隙間に規制して成長するものである。世界を「加害者」と「被害者」の明確な対立でのみ捉える者は、ある集団に「被害者」としての要素を一部でも認めると、ただちにその集団そのものを「被害者」として分類してしまいがちだ。もちろん現実の世界はそうした単純な図式で捉えられるものではない。だが「有色の帝国」は、こうした現象を利用して、自己が部分的にもっている「有色」としての要素を強調してみせることで「帝国」としての部分を被いかくし、存在全体を「有色」として分類させようという擬態の戦略なのである。

まさに中国のチベット支配をめぐる中国側の論調は「有色の帝国」そのものである。中国の「有色の帝国」の論理を批判することは、他の「有色の帝国」の論理を批判するにもつながる。中国の「有色の帝国」の論理にからめ捕られる論者は、容易に他の「有色の帝国」の論理にもからめ捕られるであろう。帝国主義を基本的に批判する立場に立つものはすべからく中国によるチベット弾圧に声を上げるべきである。日本共産党社会民主党は直ちに声明なり談話なりを発すべきである。これは喫緊の課題である。日本共産党社会民主党の存在意義にかかわる問題だとすら言えよう。
勝手にリンク集。
いつもお世話になっているハラナタカマサ氏のブログ
タカマサのきまぐれ時評2 わりびいてうけとる必要はあるが、チベット暴動の一情報
タカマサのきまぐれ時評2 チベット騒乱 中国、武力弾圧を否定「焼死など」と発表(朝日)
タカマサのきまぐれ時評2 チベット暴動で情報戦略 批判回避へ中国躍起(東京新聞)
タカマサのきまぐれ時評2 日本版ウィキペディア「チベット」抜粋
タカマサのきまぐれ時評2 ダライ・ラマが計画と非難 ラサ騒乱でチベット当局者(東京新聞)
今愛読している「シートン俗物記」
2008-03-18
2008-03-17
非常に参考になる。