「むごい」の語源

ネットで目につくものに「むごい」の語源が「元寇」の「蒙古」から来ている、というのがある。しかし幸田文は「むごしはめぐし」と書いていて、「むごし」の語源が「めぐし」と関わりがあるかのように書いている。気になったので幸田文が本当なのか、ネット上で流布されている語源が本当なのかを調べてみた。バイト先の図書館に行って辞書を調べると吉田金彦編『語源辞典 形容詞編』(東京堂出版、2000年)が目についた。調べてみると次のように書いてある。

楳垣実によると、ムゴシの語源にはメグシとムザンの二つの語が関係しているという。メグ(愍)シは、「人もなき古りにし郷にある人を愍くや君が恋に死なする」(万葉集・二五六〇)では、気の毒にの意、「父母を見れば尊し妻子みれば米具斯愛し」(万葉集・八〇〇)ではいとしいの意味を表す。このメグシ→メゴイ→メンコイのように変化した。このうち、メグイ以下の三形は東北地方を中心に東日本の方言で広く見られる。
一方、ムザン(無慙・無惨)は「(拷問で)悶絶躃地して絶え入りけるこそ無慙なれ」(保元物語・中)では、残酷なの意、「うしとおもひし道なれども、おやのめいをそむかじと、泣く泣く又出立ける心のうちこそむざんなれ」(平家物語・一)では、気の毒でかわいそうだの意を表した。ムザンはムザウ→ムゾウ→ムゾイと変化した。ムゾーとムゾイは、今日の方言で、東北や九州を中心に広く分布する。
メグシの変化したメゴイと、ムザンの変化したムゾー・ムゾイは、いずれも気の毒でかわいそうだの意を表すことから、両者は混同をおこし、メゴイの形に、ムゾー・ムゾイが影響してムゴイが生まれたものという(楳垣実・嫁が君)。

語源研究者の楳垣実・吉田金彦両氏が「むごい」をそのように解釈して『辞典』に収載している、ということは、これが通説的な意味があると考えてよいだろう。吉田氏は「余説」として「無碍」が変化したという説も挙げているが「適当な説とはいえない」としている。
問題は論拠不明な「蒙古」が変化したもの、といういい加減な説がなぜまかり通るのか、ということである。不勉強なので実際に「むごい」が「蒙古」に語源がある、というしっかりした研究を知らないのであるが、ネット上で論拠について触れたものは見当たらない。出展を示さずにいきなり「蒙古のこと」と書くか「ある人から」という匿名の電文なのか、いずれかである。
ネット上に書いてある、というだけで、全く根拠の無い言説が流通していく、という構造がここにもみられる。