研究者の無知

私は一応研究者のはしくれなので、自分の研究分野である歴史学、それも自分の主フィールドである室町時代の対外関係史についてはある程度の知識はある。副フィールドであるアイヌ史についても少しは知識はある、と思い込んでいる。しかしそれ以外のことについてはド素人でしかない。こういうのを世間では「学者バカ」というらしい。私の場合、学者としても中途半端なところにあるので、「学者バカ」から「学者」を引いた存在となりかねない。
研究者はあくまでも自分の専門分野及び隣接分野には精通していても、それ以外のことについては素人である。下手をすれば素人以下である。何しろ世間知らずでもつとまる。そこが「学者バカ」という言葉を生み出す一因となっているのだろうとは思う。それに加えて研究者という人種は、自分の無知に無自覚で、自分が頭がいい、と勘違いしているから余計にたちが悪い。「学者バカ」と揶揄される所以である。
私自身のことについて言えば、最近鎌倉幕府追加法を趣味で読み始めた。一応中世史専攻と言いながら、鎌倉時代については素人だった。特に法制史は未知の分野で、知らないことがいっぱい。特に法律用語に関する無知には実際に鎌倉幕府法及びその研究史を読む際に障害にすらなった。「質権」と「抵当権」の違いがわからない、とか、「面を代える」ということの意味が腑に落ちない、とか、いろいろあった。
そこで一念発起、法律を少し勉強しようと思い立った。しかしただだらだらとやっても私の性格から長続きするとは思われない。だから自分への刺激にもなるか、と金をかけ、目標を定めることにした。行政書士資格の取得を目指す。
で、通信教育を申し込んで、教材が先日到来した。いや、最初から法律用語に感動。「善意の第三者」程度は「ナニワ金融道」で知っていたから、法律に言及する時に「鬼面人を驚かす」という感じで使いたくはなる。しかし「善意」と「悪意」については実は知らなくて感動してしまった。
鎌倉幕府法でも役に立ちそうなのは「特別法」は「一般法」に優先する、という知識。逆の言い方をすれば「一般法」は「特別法」に「劣後」する、という。なるほど「優先」の反対は「劣後」ね。確かに字面はその通りだが、実は恥ずかしながら「劣後」という言葉をしらなかっただけに何だか新鮮。
民法と商法で矛盾する条文がある。民法は一般法、商法はその適用範囲が限定される特別法。従って商法が適用される分野では一般法である民法は商法に劣後する。学校現場では教育基本法が特別法となる。民法は一般法となるので、教育基本法民法に優先する。民法教育基本法に劣後する。授業料未納問題で言えば、授業料を未払いの生徒に卒業証書を交付しないことの是非が話題になっている。この問題で未納の生徒側を弁護しようとは思わないが、少なくとも民法の問題を持ち込むのは法運用の問題として誤っている。生徒は授業料未納によって除籍されうる。そういう条例なり、そういう校則があれば、の話だが。これは事実である。しかし授業料未納だから「当然に」除籍になるわけではない。除籍になるには手続きが必要である。その手続きは定められているはずで、その手続きを経ずにいきなり「民法が先」というのは法運用を誤っている。そもそも場合によってはその条例やその校則が公立学校のものであった場合、教育基本法の第四条第三項(国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。)との絡みで法的に無効という訴訟を起こされるかもしれない。例えば「モンスターペアレント」と「人権派弁護士」が組めば(笑)。実際には未納の原因にもよると思うし、単に「モンスターペアレント」がごねているだけならば敗訴する気がするが。
追記
そもそもこれが教育基本法民法の問題なのか、という気はする。そもそも民法が出てくる局面でも無いような気が。だとすれば上で述べた「一般法は特別法に劣後する」という法理の説明として成立しているのか、という不安はある。法律初学者なので間違っているかもしれない。そこは勉強させていただければ、と思う。