宿直員列伝

私が××高校時代に宿直に入っていた人を紹介しよう。
特に印象が強かったのがTさんである。年末年始はほとんどこの人とコンビであった。
私より一年年長の彼は、私が浪人で入学したため、私より2学年上になる。私は日本史で彼は西洋史だったので、宿直以外の面識はない。私が宿直に入ったのは大学院修士課程に入ってからのことだから、このときTさんは大学卒業後2年間宿直をやっていたことになる。ただTさんは無職であった。大学を卒業しても無職、というのは、今では珍しくもないが、当時バブルのまっただ中、普通は考えられない事態だろう。しかし文学部というところはそういう人がしばしば出る。大学院を目指したこともあったかに聞いたが、本人には確認していない、というか、出来ない。こわい。
初対面からして強烈だった。高校の事務室についた私は少し遅れて入ってきた異様な風体の人に目が留った。かなりぼろぼろのポロシャツを着ている。色はあせてナチュラルベージュ(汗が染みているのだろう)で、袖のところが大きく裂けている。というか、そもそも4月なのにもう半そでかい。それも片方は事実上袖無しやし。目は死んだ魚みたいによどんでいたが、底に人を見据える眼光があった。こわい。一応自己紹介が終わり、「めし、どうする」と聞かれた。「あ、どちらでも」というと「じゃ、ぼく作ろか」「お願いします」というやり取り。その後会話はない。ほどなく、Tさんは出て行った。二時間後、食事の知らせ。レタスのスープしか覚えていない。超薄味、レタスくにゃくにゃ。頼むで、と思った。「うまい」と聞いていただけに失望もひとしお。ほとんど話のないままでおわった。
慣れてくると口もほぐれて、実はいいひとだった、というわけではない。あまり話は盛り上がらない。私が慣れただけだ。ただ時々テレビを見ながらコメントをいう。そのコメントにつき合うことで会話が盛り上がるかも。竹村健一出演の番組を見ながら「こいつ、いいかげんに死ね」と一言。えーと、どうつきあおうかな・・・。カレーだ。これはいい、と思ったら激辛。コメントもカレーも激辛かい。
見回る時の特徴も素晴らしい。玄関に鍵をかけたあと、確認するために扉をがたがた言わせるのはまあいい。5分もやってるなよ。怖いて。別の人に聞いたが、がたがたやりながら、哄笑していることもあるらしい。もっと怖いって。で曰く「大丈夫、君は殺さないから」だって。めっちゃこわい。
家族とは行き来がないらしい。だから正月も入れるんだ。実家からきている私も入れるので正月はその人と二人っきりで缶詰め。だからこわいって。
やめるときも強烈だった可能性がある。最後っぺに日の丸を引きずり下ろしてパンツを掲揚した犯人はその人ではないか、との専らの噂だ。宿直員の行動パターンと高校のセキュリティホールを衝いたその犯行は内部事情に詳しいものによるものだろう。その前日に最後の宿直勤務を終えたばかりのTさんは最有力候補だ。