安藤美姫論2

荒川静香論は安藤美姫論の序章に過ぎなかった。
と言いたいが、こういうのを羊頭狗肉竜頭蛇尾という。しかし意気込みとしてはそれくらいのものがある。荒川静香論ですら、政治的な怒濤に飲み込まれそうな勢い。荒川静香選手の見事な金メダルでさえケチをつけるアメリカびいきの自称「愛国者」。今日、「保守」を名乗る人にしばしば見られる傾向である。藤原正彦氏の言葉を借りれば「ナショナリスト」なのだろう。まして安藤美姫選手の場合、メダルには大きく届かなかっただけに、そしてスケート連盟内部の争いに巻き込まれただけ、バッシングはすさまじかった。週刊誌におけるゴシップ、さらに看過できないのが、彼女のスポンサーに対する反感。私も安藤選手のバックについているトヨタと松下ははっきり言って嫌いである。しかし「サヨク」的視点ではなく、「ウヨク」の立場からの批判が、私の関心を引いたのである。
今、トヨタへの風あたりが強い。私みたいに左翼思想にまみれた者がトヨタや松下を批判するのは自然である。トヨタは何せ大企業であり、大企業であるだけでぼろくそに言うのが「サヨク」の脊髄反射なのだ。「ウヨク」の立場からトヨタ批判。これは言うまでも無く靖国参拝で噴出したものだ。だからある掲示板でバッシングが盛り上がる。そこから週刊誌が騒ぎ出す。という近年の一つのバッシングパターンが繰り返された。東北大学の教員までが自サイトで安藤選手に対して「引退勧告」を出す、という状況はある種異常ですらある。
そのように匿名掲示板から始まって、週刊誌、そして有名人のサイトにおける公然たる安藤バッシングに対して、18歳の若者が冷静でいられようか。ましてその表情やエピソードを見る限り、繊細な印象を私は持った。オリンピック時の彼女の表情はかなりダメージを受けていたように思う。18歳の少女を寄ってたかってバッシングする。しかもそのバッシングに商業マスコミも荷担する。東北大学教授の肩書きを持った知識人までがバッシングに参加する。ある種の病理現象の様相すら呈している。しかも何度も言うが、日の丸を背負って闘っている人を、日の丸を愛している、と主張しているはずの人々が、だ。日の丸が嫌いだ、とか、オリンピックは国家主義の発揚の場だ、とか言っている人が何を言っても、それほど驚かない。しかし日の丸を掲げ、君が代をオリンピックの場で響かせるのが、国旗・国歌好きの人々の取るべき行動ではないか。しかし予想に反して「愛国者」たちは、自分の気に入らない、というだけで、バッシングに走った。近年流行している「愛国」の本質を見た思いである。己の好き嫌いを単に「愛国」で正当化しているにすぎない。
東北大学の教員も「愛国」を主張する思想性の人だ。その人が自分の好みで日の丸を背負って闘っている選手に向かって、口汚い罵倒を浴びせかけるところに、その人の思想の軽さを見た。しかも某匿名掲示板の情報を元にしたバッシングを大学教員が嬉々として自サイトで行なう、その「軽さ」に日本の知識人層の危機を見るのである。こういう人々にはサミュエル・ジョンソンの有名な言葉「愛国心は悪党の最後の隠れ家である」という言葉こそがもっとも相応しい。
近年猛威を振るう匿名掲示板→週刊誌→知識人による権威付けという一連のバッシングパターン、これに安藤選手ものみこまれたように思うのだ。