お習い事

平氏のところのエントリhttp://d.hatena.ne.jp/hanada_tomihei/20060412に私もぐっときて、私の習い事について。
私は実はお習い事をしていない。手先が不器用で、運動神経もない私に何をやらせても無駄だ、と言うことくらいは分かっていたのかも知れない。鉄道塾なんてないし、ヘビ塾もない。私の周囲の人らは公文式に通い、剣道教室に通うのが基本だった。公文式などこちらから願い下げだ。だいたい学校の宿題すらこなせないのに、お習い事が出来るわけはない。剣道も運動神経がゼロの私には無理だ。父親とキャッチボールすらしたことはない。グラブは買ってくれた。しかし自分のグラブを買わないところに父親のやる気のなさがすけて見える。私もキャッチボールは苦手だったので、結局一回やっただけだったと思われる。父親は頭はよかったが運動は水泳以外はだめで、手先もあまり器用ではなかった。ただ技術者だったので、ハンダ付けなどの技術はあったはずだ。私は、と言えば、私が作ったトランジスタラジオは数日で動かなくなる。何か技術に問題があるとしか思えない。イスを作ったら、私が座った途端壊れて、尻を強打した。作り手に問題があったのだろう。
そんな私が唯一通ったのが英会話教室アメリカで獲得した英会話能力を忘れないように、という親の配慮だったが、残念ながらそこの先生はキングスイングリッシュを話される方で、私のカリフォルニア訛りと上手くあわなかった。お互い何となく気を使っていた。あまり意味はなかったことになる。発音は食い違うし、他の生徒とは当たり前だが会話能力は違いすぎるわけで、今でこそ英語は話せなくなっているが、当時は日常会話はこなせた。先生自体はいい人だったと思う。
塾というのものに行きはじめたのは中学三年生の時。冬季講習に参加した。しかし高校入試ではあまり意味はなかったりすることは、この仕事を始めて知った。ほとんど内申書で決まるのだ。だから塾における高校受験指導の根幹は内申書対策だ。冬季講習だけ言っても実践力はアップしない。冬季講習は体験入学みたいなものである。冬季講習なり夏季講習なりを受けて、そこの塾が気に入れば、そこの塾の本科生になる、というためのものである。冬季講習だけ行くのは意味がない。私立高校対策としては意味があるかもしれない。私もすべり止めに私立高校を受験していたので、その意味はあった、かもしれない。「かもしれない」と言うのは、私はそこの学校を落ちかけたからである。すべり止めと言っても油断してはいけない。本命の府立高校は問題なく合格した。内申書から言っても一応問題はなかったのだ。
高校に入ってから大学予備校に通い始めた。四年間通った。浪人するまでまじめに予習をしなかったので、予備校代をほとんどドブに捨てていたようなものだ。両親には深くおわびしなければならんな。