神風の風景 第一章 敷島の大和心

scene8
関大尉の突入六日後、菅野が内地の出張から飼えって五日後、菅野はマニラ近郊のニコルス飛行場にいた。突然山の向こうから白煙を上げた飛行機が飛んできた。
「空襲だ!見張り!何をしてるんだ!」
大騒ぎである。ニコルスには第一航空艦隊司令部がある。敵襲があったとすれば大失態である。指揮所が青くなったのは無理もない。
結局その飛行機は二五二空の角田和男少尉が率いるセブ島からマバラカットへの零戦空輸であった。途中でオイル漏れを起こして不時着したのである。
「ばか者、何で滑走路の真ん中に飛行機を停める!ここは内地と違うぞ!すぐに飛行機を掩体壕に入れろ。ぼやぼやするな」
指揮所から怒声が飛ぶ。
角田少尉は報告を済ませた後、待機所に向かっていった。菅野は第一航空艦隊司令部から角田少尉の処遇についての指示を角田少尉に伝えに待機所に向かった。菅野は角田の教え子だった。
分隊士、お久しぶりです。その節はお世話になりました。さっきはどうも気を悪くしないでください。いきなり白煙を噴いた飛行機がやってきたんで大騒ぎだったんですよ。それでみんな気が立っていたもので」
そのあと菅野は一息置いて第一航空艦隊司令部からの指示を伝えた。
「第一航空艦隊からの指示です。飛行機は置いて陸路マバラカットへ帰ってください。それと・・・」
言いよどんでから一息に言った。
「実は特攻に一人欠員が出たんです。分隊士の隊の一人を特攻隊員として選抜していただきたい」
「それは無理です」角田はかつての教え子に抗弁した。教え子とは言っても菅野は上官である。「私の一存では決めることが出来ません。マバラカットの新郷飛行長がおられますから、許可をとっていただきたい」
角田にできる抵抗はそれだけだった。
「それもそうですね」
菅野は一旦司令部に報告に上がっていく。しかし菅野の上申は却下された。飛行隊の指揮系統は所属基地の先任者がとることになっている。ニコルス基地の場合、先任者は第一航空艦隊司令長官大西瀧治郎中将であり、ニコルス基地にいるものはすべて大西中将の指揮下に入ることになっているのだ。
分隊士、だめです。これは大西閣下直々の命令であり、どうにもならないそうです」
「わかりました。では私が残ります」角田はそう言った。
「ではそのようにします」菅野はにやりと笑って消えていった。
正午になって角田少尉は尾辻中尉指揮の梅花隊に編成された。ただ角田少尉が任命されたのは直掩戦果確認機四機の隊長であった。直掩戦果確認機というのは突入する特攻隊を見送り、その戦果を報告する係である。ベテランの戦闘機乗りはこれに回されることが多かった。ベテランを死なせるわけには行かなかったのである。菅野ももっぱら直掩戦果確認機の任務についており、ベテランはそれに回されることを知っていた。菅野が内地出張中に菅野隊からも六人の隊員が特攻隊として出撃させられたが、菅野が帰ってからは突然指名されなくなった。菅野が「関は私の代わりに行ったのですから、私を特攻に出してください」と言い続けていたからだ。
結局菅野は十一月半ばに内地へ再び飛行機を取りに行けと言われ、そのまま転勤となった。三四三空である。源田実大佐が精鋭のパイロットを引き抜いて紫電二一型(紫電改)で編成された最強の航空部隊を作ろうとしていたのだった。