神風の風景 第一章 敷島の大和心

scene9
「貴様!そのようなでたらめを菅野大尉に吹き込んだのか!この非国民!」
梨山中佐は吉田軍医中佐に詰め寄った。
「非国民とは人聞きが悪い。関中佐が4度目で突入に成功したことは事実で、うそ詐りはない。そしてわしは別に関中佐が命惜しさに帰ってきたとも言っておらぬ。ただ関中佐が面罵されたことは事実でしょう。今我々が知っているのは関中佐をはじめ特攻に言った英霊達の声ではなく、特攻にいかせた方の声だということですぞ」
「特攻隊の英霊を侮辱するのか。特攻隊は尊い犠牲だ。それを否定するとは・・・」
「ちょっと待たれい。特攻隊が自発的だった、ということこそ責任転嫁であり、特攻隊の英霊を侮辱するものではないかな。特攻隊が自発的な御国を思う心の発露であるならば大西閣下の統率の外道、という発言をどう考えるのか、逆に聞きたいですな」
というと吉田は提案した。
「ここでずっと話すのも何だから、医務室に御足労願えんかな」
医務室に入ると菅野を病室に移し、吉田と梨山は向き合った。
「菅野大尉にはつらい話もある。まずこれを見てもらいたい」
吉田は一枚の紙を取り出した。
「大海指四三一号発令」とある。
「ご存知でしょう。昭和十九年七月二十一日付けの大海指四三一号発令です。ここには「二、奇襲作戦」という項目があり、以下三つに分けて次のような項目があります」
と吉田は梨山にその紙を示した。そこには

1、努めて奇襲作戦を行い、特に好機敵艦隊を其の前進根拠地に奇襲漸減するに努む。

2、潜水艦、飛行機、特殊奇襲兵器などを以ってする各種奇襲戦の実施に務む。

3、局地奇襲兵力は之を重点的に配備し、敵艦隊又は敵進行兵力の海上撃滅に努む。

とあった。
「特殊奇襲兵器として整備されていたのが震洋・桜花・回天であるのは参謀もご存知のはず。関中佐が散華するはるか前にこのような計画が立案されていた」
と言った吉田は吉田をにらみつけている梨山に何気ない表情で訊いた。
「ところで神風特別攻撃隊の敷島隊とか大和隊はどういう経緯で名付けられたのですかな」
「貴様、そんなことも知らんのか。本居宣長先生の歌から比島の基地で名付けられたのである」
吉田は呆れた表情をあからさまにする。
「よくもいけしゃあしゃあと」
と言って吉田はまた一枚の紙を取り出した。
「これは菅野大尉には見せたくない紙じゃのう」
紙には「大海機密261917」と書かれていた。
「き、貴様、そのような機密文書をどこから・・・」
「こういうものはどこからか出てくる仕組みになっているのじゃ」
といいながら紙を開く。
「神風隊攻撃ノ發表ハ全軍ノ士氣昂揚竝ビニ國民戰意振作ニ至大ノ關係有ル處 各隊攻撃實施ノ都度 純忠ノ至誠ニ報イ攻撃隊名(敷島隊、朝日隊等々)ヲモ併セ適當ノ時機ニ發表ノコトニ取計ヒ度処貴見至急承知致度」
「わかりますかな。文字はあなたもよめるでしょう。これは軍令部が発令したものじゃ。神風という名前も敷島も朝日も軍令部で決まっておる。しかもこれは起草日が十月十三日、意味が分かりますかな、大西閣下が着任なさる前に起草されている。つまり敷島隊という名前はすでに決まっていた。特攻は中央で発案されたものじゃ」
というと吉田はふと寂しそうな表情をした。
「この起草者は源田司令じゃ。菅野大尉が敬愛している源田司令だが、意外と食わせ物じゃ。志賀少佐の意見をうけてあっさり三四三空からの特攻を否定した。あなたも面目丸つぶれじゃな」
つづく