年金問題の総括

消えた年金について、おそらく誰も安倍政権がかすめた、とは思っていないはずだ。しかしなぜ年金が大きな争点となったのだろうか。確かに年金は安倍政権の責任ではない。安倍政権に失点があるとすれば、それは長妻昭衆議院議員年金問題を持ち出した時に、煽るような真似はやめてくれ、というようなことを言った、という点だろう。少なくとも当初安倍政権は年金問題に対し及び腰であったことは事実だ。しかしそれ自体もそれほど周知のことだったのだろうか。そうは思えない。安倍政権の年金政策そのものが悪いわけではない。安倍政権が不信感を持たれたのは、対応のまずさである。
象徴的なのは自民党片山さつき衆議院議員が中心となって作成したとされるポスターだった。菅直人民主党代表代行に責任を着せるそのポスターは不評で、すぐにお蔵入りになった。問題はそのようなポスターを作る感性なのだ。年金問題を党利党略に使う、という印象を持たれたのだ。民主党がそもそも党利党略に使おうとしてこの問題を持ち出したのは言うまでもないが、与党が同じ土俵に乗って、しかも一方的に責任逃れをしているような印象を持たれるあのポスターはまずかった。まずかったことがわかっているから自民党内部から批判が噴出してお蔵入りになったのであり、それ自体は自民党の自浄作用と言ってもいいのだろうが、そもそもそれが表に出る前にボツにすべきではなかったか。これは自民党そのもののチェック機能が低下していることの現れでもある。そしてその危機管理のなさが結局安倍政権にとっては命取りになった。
さらにそれに拍車をかけたのが強行採決の連発である。年金関連法案を次々に急いで採決し、参議院選の日程まで動かしたことは、安倍政権の主観とは別に、参議院選前に実績を積み重ねたい、つまり党利党略に年金問題を使っている、という印象をより強く与えた。昔の自民党であれば、おそらく異論が噴出して、ブレーキがかかったはずなのだが、今の自民党は官邸の意向に逆らえなくなっている。官邸が有能であればいいのだが、官邸が無能なだけにブレーキを失って暴走してしまった。
年金問題では確かに安倍政権に直接の責任はない。むしろ民主党の支持基盤である労組が関わっているだけに上手くすれば安倍政権の失点どころか得点にもなりえた。しかし目先の参議院選にこだわって長期的な戦略を持たずに暴走した。選挙で示された年金問題に関する民意は、安倍政権の手法そのものへの拒否である。
さらに言えば、安倍政権は「改憲」と「教育改革」に気持ちが行きすぎるあまり、年金問題など早々に切り上げたかったのかも知れない。しかし憲法問題が生活に密着するテーマより優先する、というのは、私みたいなゴリゴリの護憲派位のものであり、多くの健全な民意は自分の生活や将来の安心に関心があるのである。かつて左派知識人はこういう生活重視主義を口を極めて非難した。そして左派知識人は孤立し、消えていったのである。安倍政権は同じ轍を踏んだように思えてならない。私生活中心主義は間違っていないのだ。私が丸山真男を評価するのはその点にある。