格差問題と年金問題

安倍晋三総理は参院選惨敗後の会見で次のように述べた、という。

厳しい批判は承知している。経済が成長過程に入ろうとしている中で、景気回復を本物にし、国民に実感してもらうことが私の使命であり、責任だと決意している。経済成長により景気を回復し、格差を解消する安倍内閣の基本路線は国民の理解を得ている。各地の遊説で、聴衆の反応からそう感じた。(30日の記者会見)

格差問題に関する与党の政策は経済成長によって景気を回復し、それによって格差も解消される、というものである。景気が回復すれば、国民生活もよくなる、という方針だ。自民党の「成長を実感に」というスローガンもその姿勢を表しているだろう。安倍総理はこの路線は国民の理解を得ている、としている。それは聴衆の反応から感じたそうだ。
同じく遊説していた亀井静香国民新党代表代行は次のように格差問題に言及する。

大企業は史上最高の利益をあげている。社員に配っているんですか?配ってないでしょ。だからみなさんのところにまわってこない。小泉改革になってこれが始まった。日本型資本主義が制圧されて、アメリカ型資本主義にこの6年間でガラっと変わったから、いざなぎ景気(のような今の景気)でも、みなさん方の懐には来ないんです!!!大企業や金持ちには税金をまけて、この5年間でいったいいくら企業に税金をまけたのか、20兆円ですよ!!庶民に公明党は何をやったのか。庶民の味方といいながら、自民党と一緒に何をやってきたのか!!税金が上がったんですよ!!秋には、(自公政権が)消費税に取り組もうとしている。金のある人たちからは税金はとらない、庶民からとる、みなさんが怒らないから。こんな自公政権、許せますか!!」

大企業が空前の大利益を上げている。にも関わらず多くの人々にその実感がない。企業の利益は株主などに周り、社員の待遇改善にはつながらないし、雇用拡大にもつながらない。この二つは両立はしづらいだろうが、両方ともないのは問題だ、と考えられているのだろう。しかも現に法人税は大幅に減税され、さらなる減税を企業は求めている。とともにその埋め合わせを消費税で補おう、という動きを強めている時に「成長を実感に」と言っても、あるいは「経済成長により景気を回復し、格差を解消する」と言っても、説得力は感じられない。むしろ経済成長と景気の回復の中で格差は進行している、という方がより実感には近いのではないだろうか。
年金も格差問題を象徴する問題である。「年金問題」とは何も「消えた年金」だけが問題ではないのだ。亀井氏は次のようにいう。

日銀総裁のように、年収5000万円もある人間が、年金を800万円もらう必要はない。道楽息子しかいない、やさしい嫁もおらん、年をとる、どうしようか、いまさら生活費を稼ぐわけにはいかない。そういう人のためにちゃんと年金を支給するのはあたりまえだ。だから、わが党は税金で年金をやる。われわれはきわめて現実的な、実行可能な日本の未来を設計している

ここでは亀井氏の「わが党は税金で年金をやる」という発言について少し自分なりに勉強してみたい。特に目新しいことを言っているわけでもないが、自分のノートとして。参考にしたのは以下の通り。「http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson19.html」、「2007-06-09」、「国民年金 - Wikipedia」、「http://allabout.co.jp/finance/401k/closeup/CU20070718A/index.htm?FM=ranks」。
年金には賦課方式、積立方式、税方式がある。賦課方式は、現役世代が老人を支える方式。積立方式は自分で支払ったお金が自分のところに返ってくる仕組み。日本の場合は基本的には積立方式なのだが、現実には現在の老人の年金を現役世代の納付するお金で賄っているので、賦課方式の色彩が強く、修正積立方式という。税法式は税で年金を賄う方式である。
積立方式は自分で支払ったお金が自分の年金になるという自己責任の色彩の強い方式で、特に運用も自己責任で行なう、という方式になると、下手をすれば年金がなくなることもある。そのかわり運用がうまくいけば年金も多くなる、という方式である。高額所得者には有利な方式と言える。賦課方式は、現役世代が老齢世代を支えるために、高齢化社会になると、現役世代は自分が支払ったお金よりも受給額が減る可能性がある、という点が指摘されている。税方式は税で賄うのだが、基本的には税そのものが所得の再配分を行う側面が強いため、税方式の年金は基本的には納税額と受給額は基本的に関係がない。逆に高額所得者は年金を受け取れないケースも出てくる。税方式の年金制度は基本的には社会保障の色彩が強いのだ。亀井氏の発言はそれを顕著に表している。年収5000万の人には年金を支払わず、生活費を稼げない老人のために年金を支給するためには、税金で年金をやる、という関係になる。
具体的に各政党がどのような政策を挙げているのか、というのは選挙前の運動などで行われているはずだが、私自身の備忘録のために大ざっぱに纏めておく。
与党(「http://www.jimin.jp/jimin/jimin/sen_san21/renritsu/index.html」)は基本的に現在の方針を継続していく、という方針。年金時効撤廃と「ねんきん定期便」及び社会保障カード導入により、年金の信頼性を担保し、社会保険庁の解体と日本年金機構を創設する。そして厚生年金と共済年金を一本化する。公明党はこれに加えて自営業者向けに国民年金基金を充実する、という方針。
民主党(「http://www.dpj.or.jp/special/passbook/index.html」)は年金の一本化を進める。基礎部分と所得比例部分に整理する。そして基礎部分の最低保証部分には税方式を導入する。財源には消費税を当てる。社会保険庁国税庁と一本化し、歳入庁を創設する。年金通帳を交付し、自分が納付した履歴を知ることができるようにする、という方針。
社民党(「2007$@;25D1!A*5s@/:v(J」)も税方式の基礎的暮らし年金と保険料積立による所得比例年金の二階建て。民主党案と同じものか。
共産党(「【1】社会保障/2007年参院選 個別・分野別政策」)も全額国庫負担による最低保障年金と所得比例年金制度の二階建て。
国民新党(「http://125.206.121.105/seisaku/senkykouyaku.shtml」)は年金制度の思い切った簡素化、年金格差の解消、基礎年金への全額税方式の導入と生活保護費相当への増額という方針。
ポイントは年金制度の簡素化である。現在は一階部分が国民年金で、二階部分に厚生年金と共済年金があるのだが、例えば自民党案における共済年金と厚生年金を一本化しよう、という動き、そして公明党国民年金基金の充実を謳う、というのは、基本的には基礎年金部分の国民年金には抜本的な改定を行う必要はない、と考えていることの証左だろう。
しかし将来に対する不安が強いのは非正規雇用者である。彼らの多くは国民年金第一号被保険者であり、国民年金以外には依るべきものもない。与党案では将来不安におびえる国民年金第一号被保険者にはアピールしないのだ。厚生年金と共済年金の一本化や国民年金基金を充実したところで、厚生年金や共済年金に加入している国民年金第二号被保険者は安心するかも知れないが、国民年金第一号被保険者である非正規雇用者は安心できない。国民年金第一号被保険者というのは、基本的に自営業者を念頭に置いている。彼らは年金に頼らなくても、食べていけるのだ。しかし今、国民年金第一号被保険者の中核を構成しているのは非正規雇用者である。彼らは国民年金以外に頼るものはない。
こういう国民年金第一号被保険者が、基礎的年金部分に全額税方式を主張した野党に投票した、というのも、年金選挙の一つのポイントではなかったか。山崎俊輔氏は次のように述べる(「http://allabout.co.jp/finance/401k/closeup/CU20070718A/index6.htm」)。

与党の基本的なスタンス
・過去の問題(年金記録等)……省庁と調整のうえ、具体的なスケジュールを提示
・将来の問題(制度改正等)……自ら行った過去の年金改正の立場を堅持するため、抜本的な改革は提示しない(2004年改正の継続を前提とする)
野党の基本的なスタンス
・過去の問題(年金記録等)……論点を提起した立場だが、政権党ではないため具体化が難しい
・将来の問題(制度改正等)……現状の年金制度が内包している問題を指摘し、抜本的な制度改正も提案
こうして横並びで見ると、どちらをより評価するかはある程度はっきりしてくるのではないでしょうか。
個人的には過去の記録問題は、数年程度の時間をかければ、どの党が政権を担っていても解決可能であると思います。また、すでに成立した法案で解決する部分もかなりのウエートを占めていると思われ、過去に関する不信は徐々に回復するものと考えられます。
むしろ、我々が注目すべきはその後の問題であり、未納問題や制度の安定化などをいかに実現するかのほうが重要な課題であると思います。現在と将来にわたって国民が感じている年金不安・年金不信はどちらが解決に尽力してくれるのかをしっかり見極める必要がありそうです。

結局与党は年金の制度改正については、年金不安を払拭する抜本的な改革を打ち出すことはできなかったのだ。こと年金問題に関する限り、「経済成長により景気を回復し、格差を解消する安倍内閣の基本路線」は受け入れられなかった、ということであろう。そもそも現在経済成長と景気回復が行われている一方で、格差は拡大している現状において「経済成長により景気を回復し、格差を解消する安倍内閣の基本路線」と言っても、「国民の理解を得」られる訳はなかったのだ。衆院選までに年金の将来像に関する不安を払拭できなければ、年金選挙の二の舞いにもなりかねない。自民党の敗因は主には自民党の自滅という側面や、マスコミに足を引っ張られた、という側面もあるが、年金制度そのものへの不信も重大な要因である。結局与党は年金制度そのものへの不安・不信を払拭するだけの思いきった政策を打ち出せなかったことが、今回の参院選を左右した一つの、しかし重要な要因であった、と考えられよう。