地獄への道は善意で敷き詰められている

安倍総理辞任表明に関して「麻生クーデター」説が流され、それに対して麻生陣営から反論が出される状況がある。「麻生クーデター」説に立脚したエントリを少し前に立てた。しかしこれはおそらくは清和会サイドの視点に基づいて構成されたストーリーでしかない。今回は麻生サイドにたって一連の動きを見直してみる。この視点にたつことによってもう一つの疑問、なぜ国民的人気がありそうな麻生氏にこれだけの逆風が吹いているのか、に一定の見通しを付けることができる。マスコミが反麻生クーデターを主導している、という説が出されているが、そのマスコミを主導しているのは間違いなく清和会である。清和会とも関係を悪化させたくない立場に立つならば、マスコミに全責任を転嫁し、清和会批判を抑える必要があるのだろうが、実際は反麻生の立場に立っているのはマスコミよりは清和会、特に小泉純一郎氏だろう。
清和会による反麻生包囲網を指摘した次の文章(「http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/」)を参考にして前回書いたエントリ(「2007-09-18 - 我が九条」)を再構成すると次のようになるだろう。
9月1日、農水大臣遠藤武彦のスキャンダルが表面化した。政治とカネの問題で何回か危機を迎えた安倍政権としては処置は迅速に為されねばならない。特に松岡・赤城両農水大臣のスキャンダルが参院選惨敗の大きな原因である以上、処置を過つと政権の命取りになりかねない。安倍はただちに遠藤を罷免したい以降もあったが、拙速に過ぎると任命責任を問われる可能性がある。官房長官与謝野馨は幹事長麻生太郎国会対策委員長大島理森と協議し、与謝野が遠藤と面会し、自発的に辞表を取り付ける、という形をとった。安倍に累を及ぼさないように、という麻生ー与謝野の配慮だったが、安倍改造内閣で閣僚が外相の町村一人になった清和会からは「総理無視」と映り、清和会の反麻生の機運を高めることになってしまった。
シドニーでの日米首脳会談とその後の記者会見で安倍はテロ特措法に総理の職を賭して望む決意を明らかにした。並行して安倍は官邸に野党民主党代表の小沢一郎に会談を申し入れ、最低限衆院再可決でテロ特措法を通過させ、そのかわりに安倍内閣総辞職もしくは衆院解散を行うシナリオを打診するつもりであった。この安倍の指示を受けた麻生ー与謝野ラインは困惑した。小沢の姿勢は硬い。衆院再可決も認めず、参院で二ヶ月間店晒しにする。必然的にテロ特措法の期限には間に合わない。しかも小沢サイドは党首会談を受けそうにない。麻生は小沢との会談のセットは諦めざるを得なかった。
麻生が平沼赳夫復党問題に前向きな姿勢を見せたことに小泉チルドレンは危機感を強めたが、小泉及び清和会も麻生に対する不信感を強める。特に麻生が幹事長に就任した時に発した言葉が事実上「小泉は自民党をぶっ壊した。小泉はひでえ野郎だ」と言いたげであったことに小泉サイドは不快感を募らせる。
10日、麻生は安倍と面会し、辞意を伝えられる。そして12日、安倍が辞任会見。その晩麻生は安倍から事前に辞意を伝えられていたことを包み隠さず記者に語った。前幹事長の中川秀直も辞意を伝えられていたはずだ、と確信していたし、また隠し事をするのは麻生の性には合わなかった。その時自身の出馬について聞かれた麻生は「ガハハハ、まだ聞くのは早すぎるし、答えるのも早すぎる」と質問を笑い飛ばした。
麻生は楽観視していたのだ。安倍から麻生への禅譲は既定路線であったし、党内に有力な反麻生の候補者がいるわけでもない。いまだに国民的人気が高く、自民党及びマスコミ及び世論に大きな影響力を持つ小泉の動きにさえ気をつけていればよかった。そして小泉が今更再登板するわけがないのは麻生には分かっていた。自分のことしか考えていない小泉が今更チルドレンのために身を挺して麻生を阻止するとは思えなかったのだ。
麻生の目論見は外れていた。楽観的すぎたのだ。最大派閥でありながら閣僚を一人に減らされた清和会の恨みは麻生に向いていた。麻生はしかし自分の派閥を優遇したわけではない。麻生は内閣、そして自民党の危機を救うために大所高所の見地から、派閥横断的に実力者を集めていた。それが清和会の密やかな恨みを買っていたのだ。また麻生のアジア外交方針は新YKKからも反発を買っていた。ただそれを抑えるために山崎派から多くの閣僚を入れており、山崎拓自身も「派遣会社になった気分」と上機嫌であったはずだ。その辺の対応もしていた。自分に対する反発は小泉周辺しかないはずだった。
総裁選の告示は14日、そして投票は19日と麻生は決めた。国会の空転は最小限に抑えなければならない。それは辞任した安倍も気にかけていたことだった。しかしそれも反発を買った。短期決戦で自分を有利に運ぼうとするのか、という疑念を生んだ。一度狂い始めた歯車は元には戻らなかった。
麻生が安倍の辞意を事前に知っていたことを漏らしたことすら、攻撃材料になった。もともと麻生に反発を感じていた町村派はこれに騒ぎ始める。「辞意を以前から聞いていたというなら幹事長としてやることがあったろう」「安倍さんの辞意をさかなに酒を飲んでいたらと思うとぞっとする」という声が町村派を中心に上がり始め、19日で固まり始めていた投票期日は23日に延長された。
清和会のドン森喜朗はパリでの外遊を切り上げ、急きょ帰国した。
麻生に吹きつける逆風を心配した麻生の後見人河野洋平は帰国した森に電話をかける。「麻生はどうなるんでしょうか」と。森は「彼も最後の最後で詰めが甘くて、勇み足を踏みましたね」と返した。12日の「失言」を指している。人事の問題を軽々しく口にすること自体、森には麻生を評価できない事情として働いていた。森も失言を数多くしてきたが、最高機密を軽々しく口にする麻生に大事を任せられない、と森は指摘したのだ。河野も「そういう感じがしますね」と言うしかなかった。確かに大事を任せるには頼りない。河野には返す言葉もない。森はさらに強く河野に言った。「太郎はこれまで、重要なポストをしっかりやっていると思った。自分としても引き立ててきた。でも福田が出るとなると話は別ですよ」これは森が麻生を見捨てたことを意味する。さらに「参院の尊師」とかつて呼ばれ、麻生とは親しかった村上正邦も麻生を批判した(「http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_jimin_presidential_election2__20070919_19/story/19fuji320070919018/」)。「参院選惨敗後、首相に『辞めるな』と励ましたことが間違い。首相の辞意を2日前に聞きながら動かなかった責任も大きい。行司役に徹して政治的空白を無くすよう動くべきだった。首相就任の幻覚を見て、判断を誤った。世論の支持が伸びないのも、『麻生氏の出馬はおかしい』と感じているから。今からでも総裁選を降りるべきだ」と。前幹事長の中川と現幹事長の麻生とでは重みが違う。辞意を知った時に動いて政治的空白を作らないように黒子に徹すべきだった、と考えていたのだろう。
もともと河野ー麻生ラインに反発していた加藤紘一谷垣禎一ラインを中心にした新YKKは結束して福田支持で動き出す。本来うまくいっていない町村派と新YKKが団結して動ける人材が福田康夫だったのだ。小泉純一郎町村信孝では新YKKは動かない。森が福田を麻生への対抗馬に持ってきたのにはそういう背景があった。安倍政権で反主流派であった新YKKを取り込んだことで、反麻生包囲網はほぼでき上がった。あとは小泉再登板もしくは小池百合子擁立で動く小泉チルドレンを福田支持にまとめるだけだ。もともと小泉及び小泉チルドレンは麻生には悪感情を抱いている。しかし福田に対する感情も芳しくない。森は小泉にチルドレンを福田支持でまとめることを依頼した。小泉は飯島秘書官を通じてチルドレンに小泉再登板のための署名を集めさせる。麻生に対する反感を最大限煽り立て、チルドレンを結集させた。その席上小泉は福田支持を表明する。メンツをつぶされた飯島勲は「麻生クーデターかと思っていたら、実は福田クーデターだった」と言い残して永田町を立ち去った。
16日、武部勤小泉チルドレンの会合で福田支持で意見集約しようとした。その時杉村太蔵が立ち上がる。「その方針にはついていけません」。退席しようとした杉村を武部は怒鳴りつけた。「もう二度と来るな!」杉村は自身のブログに書きつけた(「国政.net 衆院選|参院選のデータベース」)。「派閥の親分が右だからと言って右に向くような、そんな先祖も驚きの先祖返りをするような選択しかできないようならば、はっきり言って政治家なんて誰でもできるじゃないか」と。
最大派閥の清和会が福田擁立で動き、清和会と距離を置いてきた新YKKが福田支持で固まり、党内が福田総裁に雪崩を打つ中で、マスコミも福田一色になる。麻生は自身の国民的人気に賭けた。アキバで演説をし、さらに各地の演説で聴衆を魅了する。しかし清和会、特に小泉の支持を完全に失った麻生にはマスコミも距離を置いていた。ポスト福田を目指し、存在感を示す戦いが始まっていた。ここで圧倒的な国民の支持を受ければ、福田も麻生を無下にはできない。ポスト福田の地位を確保できる。そして福田ー麻生ラインを築き上げれば小泉改革路線を葬り去ることが出来る。しかし惨敗すれば改革路線が支持されたことになり小泉の発言力が増して、小泉への改革路線に異を唱えた麻生は葬り去られる。麻生が戦っていたのは小泉だったのかもしれない。

というシナリオを書いてみたが、実はもう一つの可能性がある。天木氏が唱えている説で、麻生氏と福田氏は反小泉で談合していて、福田陣営は麻生事寧陣営に票を回すだろう、というものだ。逆風を跳ね返して麻生氏が善戦すれば、麻生氏の存在感は確固たるものとなり、福田暫定政権の後継は麻生本格政権というもので、小泉改革は完全に否定される、というシナリオだ。これは次回に構成してみたい。