沙羅双樹の花の色

麻生外しは麻生氏に対する反発から起こっている、というのが通説だ。しかし天木氏は違う見方をとる(「amakiblog.com - このウェブサイトは販売用です! - 政治活動 リソースおよび情報」)。天木氏は自民党が生き残るためには福田総裁しかなく、麻生氏もわかっていて、福田後を狙っている、というものだ。確かに今総理になっても得るものはなく、失うものは大きい。71歳で、失うものはもはやない福田氏の方が、未来を嘱望される麻生氏よりも適任なのは事実だろう。だからこそ参院選惨敗後も森氏は福田暫定政権を挟んで麻生政権にバトンタッチしようと考えたのである。通説ではここで麻生氏が安倍氏続投から麻生氏への禅譲という筋書きを描き、安倍氏の投げ出し辞任につながるという失態を演じたため、森氏の影響下にある清和会は反麻生で結集した、ということになるのだが、天木氏は麻生氏と福田氏は裏で話が付いている、単に世論の関心を自民党総裁選につなぎ止めるための茶番である、という。
天木氏の見方に従ってシナリオを構成すると次のようになるだろう。
清和会のオーナーであった森喜朗は、長期政権を終えて退陣する小泉純一郎の後継に福田康夫を挟んで、清和会のプリンス安倍晋三につなぐことを考えていた。郵政選挙によって自民党が蒙った傷はあまりに大きく、小泉改革によって疲弊した地方、そして広がる格差など、様々な改革の負の側面が森には見えていた。今、安倍に政権を任せれば、小泉によって作られた負の側面に安倍がやられる可能性がある。将来性のある安倍を今ここで出すわけには行かない。小泉改革に対する怨嗟を福田に背負わせることで安倍には傷を付けないで済む。しかしその案は小泉に否定される。小泉が安倍の総裁選出馬を強く進言し、安倍が出馬の意を固めたことで、森には安倍を支持する以外の選択肢は残っていなかった。
森の危惧した通り安倍政権は惨めな末路を迎えた。安倍政権の失政と参院選の惨敗、そして突然の辞任。世論の自民党に対する反発は大きく、野党民主党小沢一郎への期待は増すばかり。様々なスキャンダルを仕掛けても効果は薄い。安倍総理の電撃辞任で全ては飛んだ。
12日の安倍の辞任を森はラグビーW杯が行われていたパリで聞いた。予定を切り上げ帰国した森は自民党内が福田待望論で固まっていることを知る。ただいきなり福田を無投票で選出しても「談合」「密室政治」という批判で自民党が沈み込むのは目に見えている。ここはどうしても国民的人気の高い麻生を引っ張り出して、福田との熾烈な総裁選を戦った上で、選出というプロセスを踏まなければならない。しかも麻生も福田も小泉とは距離を置いている。小泉が再登板する、とか、小泉が自分に近い政治家、例えば小池百合子を推薦するということになれば、福田でとりあえず政局を安定させてから、麻生に渡す、という森のシナリオは完全に崩壊する。福田を挟めば自民党下野という最悪の事態に陥ったとしても麻生に傷はつかない。森にとっては小泉を如何にごまかしながらの政局運営が求められる。
総裁選は激しければ激しいほどいい。麻生クーデター説が一旦流れる。それを覆すような福田クーデター説が流れる。ネット上では麻生有利、とか、マスコミが支配しているとか、ネット住人の反感を買うような記事が流れる。全ては総裁選を盛り上げるための壮大なシナリオだった。総裁選の間は野党の話は話題にはならない。巧妙な野党隠しであり、国民の関心を完全に自民党に引きつけるシナリオだった。マスコミしかみない人々も、マスコミを「マスゴミ」と嫌悪し、ネット上の情報に頼る人々も、すべての人々の関心は自民党総裁選に引きつけられる。全ては躍らされているだけであった。
マスコミもネットも自民党総裁選に盛り上がる中で確実に進行している事態もあった。小泉改革の否定だ。今「改革反対」と言えば「守旧派」とか「先祖返り」とか言われる。また未だに国民的人気というよりもマスコミ受けの良い小泉を刺激してはいけない。麻生に反小泉の旗幟を鮮明にさせ、福田は小泉改革の基本的な継承を謳わせる。
福田も麻生もそして森も分かっていた。不良債権問題が片付いたというが、それは小泉がいてもいなくても片付いていたことを。小泉は税金を湯水のようにつぎ込んで無理やり銀行を助けただけの話だ。おまけに米国金融に売り渡したりしている。景気が回復したというが、弱者、消費者の犠牲の下に企業収益を図っただけで、それが格差社会の原因となっていることを。官から民へというが、その根本にある官の無駄遣い、官の削減などは、まったくなされていないし、地方への権限移譲などまったく行われていないことを。福田や麻生にとって、小泉改革とは米国追随の一部の連中だけで経済政策を決めたインサイダー政治にすぎない。彼らで利益を山分けし、その陰で一般国民が犠牲になった。そんな小泉改革を否定するところから自民党は始めなければ、今度こそ政権を手放す事になる。それを福田も麻生も知っていた。麻生は本音では郵政民営化すら反対であった。だからこそ小泉チルドレンの反発を押し切ってでも郵政民営化反対の巨魁平沼赳夫を無条件に復党させようとしていたのである。平沼の復党は例えば城内実を初めとした落選組の復党を意味する。郵政民営化反対を主張した落選組の復党を認めれば、彼らへの刺客として当選したチルドレンは完全に落選が決まる。彼らが落選すれば、小泉の政治生命も大幅に縮小する。
彼らが一致して小泉もしくは小泉の推す候補に結集することになればまずい。麻生には反小泉をより強く主張させ、チルドレンの麻生への反感を高め、彼らを福田支持に回す、という動きも成功した。
23日の総裁選では福田が圧勝する動きだが、各派閥から少しずつ造反が出て、麻生も影響力を保持できるだけの票が回る。麻生は重要ポストで遇され、ポスト福田としての地位を確保する。特に様々な逆境をはねのけて善戦した、というイメージを作り出すことに成功した。福田暫定政権と麻生本格政権という流れは確定した。
全てはあらかじめ仕組まれていた茶番でしかなかったのだ。

というような感じになるだろうか。どうも報道を見る限り小泉氏が依然キングメーカーの一角を占めているような感じはぬぐえない。
全てのシナリオに共通することだが、森喜朗氏の役割が大きい。森氏が今でも自民党を握っていることは間違いがないだろう。