金満球団への道1

今や広島ファン界隈では阪神は「金満球団」らしい。巨人を批判できないらしい。いや、広島ファンからすれば巨人よりも許せないだろう。私が広島ファンでも阪神は許せない、と思う。金本知憲外野手、アンディ・シーツ内野手を「強奪」し、黒田博樹投手に触手を伸ばし、今年には新井貴浩内野手を「強奪」に向かう。完全に広島は阪神の草刈り場となっている。阪神ファンとして何を言い得るか。何を言っても広島ファンの神経を逆なでするだけだろう。
阪神ファンは広島にシンパシーを感じてはいる。別にいい選手を供給してくれるから、ではない。7回の風船飛ばしは広島ファンに起源がある、と言われている。何よりも広島球団には志がある。FAによる無秩序な補強がまかり通る中でFAに頼らず自分の力でチームを築き上げていこうという志を感じる。巨人がリードするネオリベ的な弱肉強食の世界に抵抗しようという志がある。阪神球団にはそういう志はない。そのくせ補強は出来ない。自分で育てられもしない。何よりも渋ちん球団だった。広島よりも金を出し渋ったのではないか。広島には2億円プレーヤーがごろごろしていた。阪神には一億円プレーヤーしかいない。一億円も和田豊内野手が一時突破しただけで、すぐに一億円の枠内に戻っていったはずだ。ファンがあれだけ「お布施」というか「喜捨」というかをしているのに、その金は「開かずの金庫」に納められてしまった。
その阪神が金に物を言わせて他球団の選手をなりふり構わず「強奪」する球団に変貌した大きなきっかけは金本知憲外野手のFA獲得以降だと思われるが、その萌芽はもう少し古い。
阪神タイガースのオーナーを長く務めた久万俊二郎氏は鉄道経営のプロであり、野球に対する知識も意欲を薄かったと言われている。そのもとでは球団も金もうけだけ出来ればいい。阪神ファンは弱くても辛抱強く球場に通う。弱くても金は入るのである。なまじ強くなって年俸が高騰すれば金はもうからなくなる。低迷してもファンが来る、という阪神の暗黒時代は、実は経営上は「低投資・高配当」だった。
阪神電鉄大手私鉄の中でも規模は小さめで、しかも阪神大震災で多くの車両を失い、施設にも大打撃を受け、さらに乗客数の減少もあって、厳しい経営を強いられていた、という事情もある。
久万氏がその認識を改めたのは、「阪神電鉄」と言っても関西を離れた地域では認知度が低いのに、「阪神タイガース」と言えば日本全国どこでも認知度が高い、ということを認識したからだ、とインタビューで語っていた。「阪神タイガースは財産だ」と。久万氏は監督人事に手を付けた。阪神は原則生え抜きを監督に据える。さらに阪神の有力OBはその多くがスポーツ新聞の評論家になっている。各マスコミは自分の社に属する評論家が監督になることを希望する。取材に多くの便宜を与えられるからだ。そのため足の引っ張り合いがひどい。OB同士の派閥争いもある。そういう中で順送りに決められてきた観のある監督人事を刷新した。ヤクルト監督を辞任したばかりの野村克也氏を監督に据えたのだ。
しかし野村氏の著書によると野村氏は1年目を終えた段階で久万オーナーに辞意を漏らした、という。選手のあまりの意識の低さに呆れた、というのだ。阪神の選手にはタニマチが付く。タニマチは選手を連れて遊びに行く。そこで監督の悪口を言う。「あの監督は野球を分かっとらん」とか何とか。いくら選手を教育しても無意味だ、と。野村監督は次期監督として西本幸雄氏を推薦する。鉄拳制裁のできる熱血監督である。ただ西本氏には打診して断られたことがある、ということで、野村監督は続投することにしたらしい。
3年目のオールスター休みの時には野村・久万・手塚昌利阪神電鉄社長(次期オーナー)の三者会談が行なわれた。その場で野村監督は「監督で勝てる時代は終わった」と言う。「今の野球には金がかかる」「オーナーを初め野球界のトップがそうしてしまった」。久万オーナーが激怒する。「巨人のやっていることは正しいというのかね」。野村「時代に合っています」久万「いいにくいことをはっきり言うね」野村「オーナーには直言してくれる人がいないんじゃないですか」久万オーナーぼそっと「それはそうだなあ」。
そこで野村監督は言う。「オーナーが変わらないと阪神は変わりません」。その後ドラフト戦略について野村監督は久万オーナーに直言する。野村監督は4番とエースを獲ってくれと言っていたのに1年目は高校生の藤川球児、2年目はひざを故障していた的場寛一、3年目は肘を故障していた藤田太陽と到底即戦力ではない選手をとり続けていた阪神のドラフト戦略に不満を向ける。阪神の補強は基本的に「欲しい人」ではなく「来てくれそうな人」を狙う方針になっている。「4番とエースは育てられない」というのが野村監督の持論である。阪神70年の歴史を見ても育てた4番は掛布雅之内野手位である。
広島は4番を育てるのが上手いとは私は思う。江藤智内野手前田智徳外野手、金本知憲外野手、新井貴浩内野手。いずれも即戦力としてではなく入団してきて、広島が独自に育成した4番だ。
久万オーナーは野村監督との会談後「野村の言うことは腹が立つけれども、正しい」と言い、球団改革に着手し始めた。皮肉なことにその年、野村監督は夫人の不祥事で阪神を去った。