24号

記事の中から抜粋。
タイトルは「高度経済成長が強いた都市のスモッグと公害」
光化学スモッグは私が小学生の頃までしばしばあった。京都盆地の片隅にも光化学スモッグの被害があったのだから、東京とか大阪とかは厳しかっただろう。スモッグのため「都市機能を維持することが難しくなっていった」とある。
そして1959年、三重県四日市市石油化学コンビナートが操業を始め、現在四大公害病の一つとされる四日市ぜんそくが発生する。

しかし、経済成長を第一に掲げる国は公害と認めようとはしなかった。日本は世界から「公害大国」というレッテルを貼られながら、なおも経済成長の道を突き進んでいったのだった。

そのころ雨が降ると「はげる」という都市伝説もあったか。酸性雨の問題だろうとは思うが。