ある先輩の思い出

私のことをかわいがってくれた先輩なのでネタにするのは気が引けないでもないが、あまりに面白いので。断っておくと、その先輩は非常に気の優しい、いい人で、しかも本人はしごく真面目である。そこがまたいささか面白いのだが。
私がその先輩を始めてみたのは大学入学式翌日のクラス集合日だった。日本史専攻だったので、日本史をやりたい学生が集まっている。新入生を勧誘すべくさまざまな歴史サークル(自主ゼミと呼ばれていた)がやってくるのだが、その先輩の勧誘は他の自主ゼミとは格が違った。
普通新入生を勧誘する時には親しみやすい雰囲気を醸し出すように努力するものだろう。やさしい笑顔で、ソフトな語り口で。「現代史研究会」の勧誘に来たその先輩は眉間にしわを寄せ、入ってきた。それだけでも異様な雰囲気なのに、彼は体を揺すらせながら大声でアジ演説をやりはじめたのだ。
「新入生の諸君!我々はぁ〜!!!」という口調で「日帝の経済侵略云々」「天皇ヒロヒトの在位云々」「三里塚空港廃港への戦いが云々」
いや、歴史学関係ないだろ。とツッコミを入れたくなるのはまだナイーブだったから。歴史学はこういうことも必要だ。しかし締めが「我々の戦いに諸君も合流することを望む」って・・・。誰が合流するねん、と突っ込みたくなる。もちろん一人の入会希望者もいなかった。まっとうな感覚ならばドン引きするだろう。
次にその先輩をみたのは学生大会。当時学生大会の体制派と言えば民主青年同盟。ひときわ大きな声でやじを飛ばしている件の先輩がいた。民青が冷房化を要求する、という話をしている時に「天皇制をどう考えるんだ」とか「日帝の侵略問題を云々」とか、いやだれも学生大会での議題とは思ってませんから。さらに人が話している時にやじを飛ばすのはどうひいき目に見ても行儀のいい行為ではない。やじはポイントポイントで使ってこそ意味がある。絶妙のポイントで飛ばされたやじが大会の議事運営に影響を与えることはある。しかしのべつ幕無しにやじを飛ばしても、周囲は「またか」と思うだけだ。あるいは「この人おかしい」と思うかもしれない。申し訳ないが私は「この人変」と思った。しかし勇気のある人がいるもので「うるさい!黙って聞け」と怒鳴りつけた女子学生がいた。いや、勇気ある。どう考えても「変な人」に怒声を上げても、と思っていたら案の定「こら、おまえ、ほんなら天皇制が云々(以下私には意味不明)」とどなり始めた。件の女子学生も「こいつは相手にしてもしかたがない」ということに気がついたのかガン無視したが、先輩はその女子学生の座っている椅子を蹴飛ばしながら威圧し続ける。まわりドン引き。
卒業する時もやらかしてくれた。民青同盟員を殴って処分。卒業直前だったので戒告処分ですんだ。謝罪文を出し、治療費も支払ったとのことで寛大な処分が下されたわけだが、仄聞したところでは「処分の張り紙の前で記念撮影してたぞ、反省の色なし」とのことだった。
なぜか私のことを気に入ってくれて何くれとなく話しかけてくれたのだが、最初は怖かった(笑)。どう考えても「変な人」の印象が強かったからだ。しかし本人は「新入生も勧誘できるはず」と思っていただろうし、「オレのいっていることは説得力がある」と思っていただろう。しかし、はっきり言って私のサヨクアレルギーはしばらく直らなかった(笑)。いや、あれをみれば誰でもサヨクが嫌いになるって。まじで。かっこいいと思っているのは本人だけ。つきあえばいい人だったのだが、第一印象が悪すぎる。しかし本人は「自分が正しい」という強烈な自意識があるから、自分の言動がどういう影響を及ぼすかについては全く無頓着だった。というよりも完全に自己満足にひたっていたのだろう。