小林至氏「日本人にうまれてよかった」

題名だけ見れば「ああ、今はやりの」と思うところだが、なかなか深い。金沢健人投手のトレード話を読んでいて、ソフトバンク編成部長の小林至氏の名前を見て思い出して検索してみた。
このコラム(「ホームページ移転のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズ」)は小林氏がフロリダ州のケーブルテレビ局に勤めていた2000年に書かれた。ここで小林氏はアメリカ社会の問題点を厳しく指摘し、その結果として「日本人に生まれてよかった」という題名に至る結論を導き出している。
しかし現実には日本もアメリカ社会の問題点をそのまま受容するようになり、さらにアメリカ社会の受容の結果拡大した格差社会から目をそらせるためにナショナリズムが煽られている側面がある。我々はここに描かれたアメリカ社会と決して遠いところにいるわけではない。氏は「日本は、決して完璧だ、とは言わないけれど、真に一つの理想を実現している社会だ、と思うに至りました」とのべているが、現在の日本は氏の理想から離れてしまった。
氏の見たアメリカ社会の現実とは

大多数を占める普通(大体、大学を出た程度)の会社員の給料は、2〜3万ドルで、何年勤めても、ほとんど上がりません。共働きでようやく、生計が立つ、というのが普通の米国人家庭です

ということである。今の日本の不安定な雇用情勢はまさにあてはまろう。

こうなってしまったのは、なによりも、年収一億ドルを超えるマイケル・ジョーダンの納税率が25%にも足らないような金持ち優遇政策のせいでしょう。つまり、「Winner gets all」を推し進めてきた結果、上位5%の人が90%の財を独占する、まさに、上か下か、の社会になってしまったからです

とのべている。今の日本も企業からの要求で「金持ち優遇政策」に舵をきった。氏は

現在、日本が制度疲労を起こしているのは事実だと思いますが、だからとっていって、このアメリカのシステムを取り入れる事が、果たして日本人にとっていいのでしょうか?世界で最も賢い民族の一つである日本人の英知で、なにか生み出せないものなのでしょうか?

と提言する。しかしその後の10年間の政治はまさに「このアメリカのシステムを取り入れる」方向に走っていった。
アメリカの教育について

学歴を得るのは、相当、裕福な人間でない限り、難しいことなのです。何より、学費がかさむのと、日本のように、試験一発勝負でなく、出身高校、推薦状など主観に左右される選定基準がかなり重要な要素を占めるため

と分析し、

私が、ビジネス・スクールに入ってすぐ気付いたのは、中流家庭出身者は、日本人だけ、といっても過言ではない点です。米国人学生は、金持ちの坊ちゃん集団、他国からの留学生に至っては、もう特権階級出身者ばかり。このときほど、日本人に生まれてよかったと、思ったことはありません。というのも、日本で今、「子供を一人、米国に留学させる金が無い」という親はそう多くないはず

と述べている。今や「子供を一人、米国に留学させる金が無い」という家は普通になった。大学に行かせる金がない、という家もざらだろう。学費は今やびっくりするくらい高い。国立でも一昔前の私立大学と変わらない。小林氏は

年に1〜2度、日本に帰りますが、その度に、「米国型」ですとか、「欧米並に」などと、自分達を卑下して、西洋人に追従する声が強くなっていると感じます。これは、愛国心という言葉を使うと誤解を招くなら、ナショナル・アイデンティティーなり抵抗の無い言葉に言い換えますが、ともかく、自分の根っこがないための混乱だと感じます

と述べている。
人種差別についてはもっとも詳細に述べている。むしろ氏の力点はここにあるだろう。氏の勤務する会社の人種差別を告発し、それによって氏は解雇されたのであるが、ここで注目すべき叙述は

ネオナチ、KKKの人数もここ1年で、40%以上増えています。これは、人種差別もそうですが、役員と平社員の所得格差が十年前の10倍、419:1にまでなった、成功者、非成功者の格差とも、大いに関連していると思います。年収100万ドル以上稼ぐ人間が、1990年の150万人から、今年は350万人になりましたが、その分、しわ寄せは当然、下に行くわけでして、上が稼ぐ分だけ、下の絶望感は強くなっているのでしょう

という箇所である。現在日本でもKKKやネオナチと並び称せらるべき「市民団体」の活動が活発化している。その背景には「上が稼ぐ分だけ、下の絶望感は強くなっている」現状は当然存在するであろう。小林氏は次のようにまとめる。

白人の、他民族に対する差別意識は、実際、ひどいものなのですが、これは、人のふり見てわがふりなおせ、でして、日本人でも、朝鮮人を含めた他のアジア人に対して差別意識を持つ人間が沢山います。今後、日本も移民を、多数受け入れることになるでしょうから、日本人管理者が、他民族に対して、このような蛮行を行わないよう願っています

「日本も移民を、多数受け入れることになる」この点はまさに議論となっているところであり、「多数受け入れることになる」かどうかはまだ分からないだろう。
そして氏は「カジノ経済」について「未曾有の経済成長によって、確かに億万長者が多数生まれたが、それは国民のほんの一部にすぎず、依然大多数はその恩恵を受けていないという現実があるから」一獲千金を夢見るようになると指摘する。
「雇用」のところではこれも現在の日本を彷彿とさせる記述に出会う。アメリカ企業では

一般従業員は、人手不足の時に雇い、そうでないときは、解雇すればよい、つまり交換可能な部品と同じ扱い、という考え方です。ビジネス・スクールでも、生徒にそのように、教えていますし、生徒も、それに疑問を挟むこともありません。人切りは、コスト削減には、最高の方法ですし、ウォール街でも、この首切を行った会社に対しては、評価が一気に上がります(つまり株価が、上がる)。人員削減が必要なこともあるでしょうし、それ自体を非難する気は毛頭ありませんが、ただ、こういう環境からでは、一般従業員から、たまごっちのアイディアが浮かぶことは、決してない、とは思います。自分の場所をわきまえている、又は、わきまえさせられているからです

としている。派遣問題はまさに「交換可能な部品と同じ扱い」であり、派遣切りは「コスト削減には、最高の方法」である。
小林氏は最後に

日本には、コンプレックスが原因かどうかはともかく、米国を根拠無く偶像化する傾向がありますので、自分自身の根っこをしっかり持って、戦略的な思考をすべきではないでしょうか

と提唱し、

感情論を排して戦略的に、学ぶ、又は真似ぶ際に、一つ気になるのは、世論に多大な影響を与えるマスコミです。これも、渡米後、気付いたことですが、こういったことに大いに責任あるべき大マスコミの特派員の殆どが、実は、満足に英語を喋れないため、相手の言質を取れず、結果、プレスリリースを見て、米国賛美の記事を垂れ流している状態なのは、客観的に米国と向き合う上で、大いなる障害になる、と思われます

と述べている。「米国賛美の記事を垂れ流している」新聞社はあるなぁ、と思わされる。