歴史学研究においてはしばしば時空を超越した解釈がまかり通る。11ノットで疾走する帆船もその一つだろうが、北方史でもそういう事例がある。現在津軽安藤氏が十三湊から没落したのは嘉吉二年(1442)が定説の地位を占めている。曰く、南部義政は安藤盛季の婿…
渡邊大門氏の『奪われた三種の神器』より。 氏はその著98ページにおいて次のように述べる。「三宝院満済のように、満祐の決断を『短慮』であり、残りの二カ国で奉公すべきであったと言う者もいた」 『満済准后日記』の応永三十四年十月二十七日条のことだと…
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