第九話

夢子は荒岩の家にいた。夢子と荒岩の妻虹子、そして東山は荒岩の作る料理を囲んでいた。
「奇妙じゃ。向こうからは何も言って来ん。南部議員の関係者ともめたのですぞ。だからワシはあわてて土方竜元政友会副総裁と真田志郎外務大臣の事務所回りをして、南部議員と古代官房長官の圧力を消そうとしたのに、圧力らしきものすらない」東山は首をひねる。
「そういえば、民政党からも何も接触はないんですよ」虹子も応じた。「もともと民政党の馬場皆人議員の夫人から直接に夢ちゃんに危険が迫っている、といわれたから、慌てて主人に頼んでああいうことをしたんですけど」
「そうでしたか。それはますます面妖な。これは推測じゃが、夢子さんが何も知らないことが先方にも分かっていたのかも知れんな」
荒岩が口を挟む。「そういえばあまりにも無警戒で、あっさり種ヶ島君らに捕まったと聞いております」
「ところで虹子さん、マスコミの方はどうなっておりますかな」東山は虹子に聞いた。
「もうほぼ自殺で固まっていますね。夢ちゃんが言った田中ちゃんの電話が『自殺をほのめかす』ということで警察が動いていますから・・・。」
「えっ!待って下さい。田中君は『しばらく帰れないかも知れないけど、大丈夫だから』と言っていたんですよ。その言葉のどこが『自殺をほのめかす』なんですか?」夢子は驚いて反問した。さらに言う。「実は・・・。那覇のホテルで突然変な電話が掛かってきたんです。何か『自殺はありえない』という話でした。『ざっくり切られた手首で包丁が持てますか?』とも言われました」
荒岩が答える「それは怪しい。大体あの田中が『これから帰る』と言ってから失踪することも考えられんしな」
虹子がさらに続ける「あたしもあの田中ちゃんが夢ちゃんを遺して自殺するなんて事自体が信じられないもの。これは沖縄に行って調べて見る意味はありそうね」

翌日、金丸産業の応接室に東山、荒岩夫妻、夢子、種ヶ島、工藤、奥別府、ニチフク新聞の深井治文化部長、荒岩の妹の味知の夫の根子田敏夫、夢子の弟の木村達也が来ていた。
東山が立ち上がる。「ニチフク新聞社のご協力の元、わが社の元社員の田中一君の死の深層を調査するプロジェクトを立ち上げる。深井部長、虹子さんをお借りしますぞ。あくまでも虹子さんが沖縄の食材を取材するという形で行なう。陣頭指揮は荒岩君が行ってくれ。くれぐれも気を付けてくれ」