神風の風景 第一章 敷島の大和心

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半年前、菅野はフィリピンのマバラカット基地で空母銃撃の作戦に従事していた。当時連合艦隊保有していた艦上爆撃機である九九式艦爆は旧式化して低速のため、新鋭の二式艦爆通称彗星が投入されていた、はずだった。しかし一向に彗星を使う日は来ず、当初二〇一空では爆弾を零式艦上戦闘機零戦)に登載して水面にたたきつけ、跳躍させて艦船の側面にぶつける方法を編み出していたが、生みの親の鈴木大尉が戦死してしまったために、もっぱら爆弾を持たずに空母を銃撃する、という方法でお茶を濁していた。
翌日、菅野は副長の玉井中佐から呼び出される。
「菅野君、内地に行って飛行機を引き取ってきてくれ」
「嫌です」
「なぜだ?」
内地への出張は皆が喜ぶ。まして菅野は赴任以来半年一回も帰っていない。いぶかる副長に菅野は答える。
「もうじきフィリピン方面で大戦闘が始まります。内地に行っていたら間に合いません。他の分隊長にお願いします」
「貴様の代わりに他の分隊長を帰したらそれが戦闘に間に合わんじゃないか。分隊長で一度も帰国していないのは貴様だけだ。午後の飛行機で鹿屋に飛ぶ陸攻がある。それで帰れ」
準備のために菅野が宿舎に向かっていると、向こうから同期の関行男大尉がやってきた。
「おう、関、今から内地に出張だ」
「そうか、いいなあ、気をつけていけよ」
「よくないよ。もうすぐ大戦闘が起こるというのに。俺はしばらく内地に帰っていないからだとさ。戦闘機の受領だ」
「戦闘機か。俺は彗星に乗っていたからまだまだなれんな」
関大尉は本来艦爆乗りだったが、鈴木大尉の戦死に伴って戦闘機の分隊長に転任してきていた。なれない零戦の操縦に悪戦苦闘していた。
内地に帰った菅野のスケジュールは滞った。戦闘機の整備が進まないのである。熟練工は徴兵で戦地に取られ、未熟練工が多くなっており、品質も低下していたし、納期も遅れがちであった。十月十七日には菅野の予測通りレイテ島で戦闘が始まった。菅野の焦りは頂点に達していた。台風もあってさらにずれ込み、菅野らがフィリピンに帰投したのは十月二十六日であった。
菅野は焦っていた。フィリピンに来ると慌てていたためマバラカットではなく隣のバンバンの基地に着陸してしまった。
「貴様、誰だ」といわれ、さらに
「自分の着陸する飛行場を間違えるとは何事か」と叱られた。菅野の顔が見る見るふくれる。
後ろで見ていた杉田ははらはらした。
(あ〜あ、あんなことを言って。うちの隊長、何かやらかすぞ)
出発に付く前、十機の零戦を一列に並べ、一斉にエンジンスタートしたからたまらない。風がテントを吹き飛ばし、それを見届けると菅野隊は悠々と飛び立っていった。
帰投したマバラカットで飛行機から降りるや否や、
「いわんことじゃない」と言った。基地では菅野の第一声は「それ見たことか、始まったじゃないか」ではないか、と想像していただけにほぼ想定通りに反応に指揮所は大爆笑に包まれた。しかしその直後菅野は衝撃的な事実を告げられるのである。
続く