「従軍慰安婦」問題を考える

従軍慰安婦」問題が喧しい今こそ、この問題でネットウヨネットサヨ)どもをめった切りにする、と息巻いても、そもそも私に「従軍慰安婦」については知識がない。今のままでは返り討ちに遭い「ネットウヨネットサヨ)斬り〜」どころか「切腹〜」となるのは必定である。
ということで、まずはお勉強から入ろう。手始めに永井和氏の「http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/works/guniansyo.html」を読んで見る。
この論文は有名な史料とそれをめぐる研究史から入る。まずはその史料を挙げて見よう。その史料とは「陸軍省副官発北支那方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒、陸支密第745号『軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件』(1938年3月4日付)」である。長いので永井氏は「副官通牒」と略している。本エントリでも従いたい。

支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ、故サラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或ハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或ハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少ナカラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於イテ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実地ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連携ヲ密ニシ次テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス

これについてはこの史料を発見した吉見義明氏が

陸軍省は、派遣軍が選定した業者が、誘拐まがいの方法で、日本内地で軍慰安婦の徴集をおこなっていることを知っていた

このような不祥事を防ぐために、各派遣軍が徴集業務を統制し、業者の選定をもっとしっかりするようにと指示したのである(『従軍慰安婦岩波新書、1995年)

と解釈し、慰安婦の募集業務が軍の指示と統制のもとにおこなわれたことが裏づけられる、と考えた史料である。
それに対し小林よしのり氏が

これには「内地で軍の名を騙って誘拐まがいに慰安婦を集めてくる業者がいるから支那の方でも厳重に注意せよ」と書いてあるのだ!つまり強制連行させないように軍が関与していたのだ!なんという事実!(『新・ゴーマニズム宣言』第3巻、1997年)

と反論し、藤岡信勝氏も

慰安婦を集めるときに日本人の業者のなかには誘拐まがいの方法で集めている者がいて、地元で警察沙汰になったりした例があるので、それは軍の威信を傷つける。そういうことが絶対にないよう、業者の選定も厳しくチェックし、そうした悪質な業者を選ばないように−と指示した通達文書だったのです。ですから、強制連行せよという命令文書ではなくて、強制連行を業者がすることを禁じた文書(「歴史教科書の犯罪」、西尾幹二小林よしのり藤岡信勝高橋史朗『歴史教科書との15年戦争PHP研究所、1997年、所収)

と吉見氏を批判している。
上杉聡氏はこの文書を

業者の背後に軍部があることを「ことさら言うな」と公文書が記しているのであり、強制連行だけでなく、その責任者もここにハッキリ書かれている(『脱ゴーマニズム宣言』、東方出版、1997年)

と、小林氏への批判の中で考察している。
この一連の研究史について永井氏は

いずれも、日本国内で悪質な募集業者による誘拐まがいの行為が現実に発生しており、さらにそういった業者による「強制連行」や「強制徴集」が行われうる、あるいは実際に行われていた可能性を示す文書だと解釈する点では共通している。

とまとめ、

両者の差異は、根本的には、慰安所と軍および政府との関係をどう把握し、そこで女性に加えられた虐待行為に対する軍および政府の責任の有無をどう判断するのか、その立場の差異に由来する。言うまでもなく、吉見や上杉は、慰安所は国家が軍事上の必要から設置した軍の施設であり、そこでなされた組織的な慰安婦虐待行為の究極的な責任は軍および政府に帰属すると考える立場に立っている。
それに対して、自由主義史観派は慰安所に対する軍と政府の関係を否定するか、あるいは否定しないまでも、それはもっぱら業者や利用将兵不法行為性的虐待を取締まる「よい関与」であったと主張する。慰安所は戦地においてもっぱら兵士を対象に営業した民間の売春施設であり、公娼制度が存在していた戦前においてはとくに違法なものではなかったから、そこでなされた虐待行為に軍および政府が責任をとわれる理由はない。もし仮に軍および政府が責任を問われうるとすれば、それは強制的に慰安婦を徴集・連行した場合のみだが、そのようなことを軍ないし政府が命令した事実はないというのが、彼らの慰安婦問題に対する基本的理解であり、そのような観点から、この副官通牒を解釈し、もっぱら「強制連行」の有無を争う文脈で論争の俎上にのせたのであった。そのことが上のような解釈の相異を生みだしたのである。

としている。
問題は「其実地ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連携ヲ密ニシ」ということの内実だろう。これはこの史料だけではわからない。何を言っても想像でしかない。そこで別の史料が必要なのである。以下次回。