モ1031の処遇

モ1031は鶴見臨港鉄道が国有化された時に官鉄に編入され、後に地方鉄道に払い下げられた車両をプロトタイプにしている。完全にフリーというわけではなく、セミフリーとでも言うべきだろう。おのずから設定は限定されてくる。これは鉄コレのフリー車両もほぼ同様。第2弾のフリー105は南武鉄道が国有化された時に同じく官鉄に編入され、その後地方鉄道に払い下げられたもの。やはり設定は限定される。いずれも昭和初期に導入され、戦後に地方鉄道に払い下げられた。つまりこれが走る鉄道は基本的には中小私鉄である、ということになる。
戦後の混乱期の輸送力確保には次のような方策があった。一番大きいのはモハ63型を導入する、という手である。小田急東武、南海など資金に余裕があり、国鉄と同じ軌間の鉄道にはしばしば見られた。名鉄や山陽も一時導入したが、山陽の場合は軌間が1435mmと国鉄とは違う軌間だったのに導入したのはちょっと興味深い。第2の方策は運輸省規格型車両の導入である。運輸省は地方鉄道向けに規格型車両を作り、資材を割り当てた。京阪1300系や阪急700系、550系がこれに相当する。もっとも阪急は同時並行で920系の増備も進めていた。小田急の1600型や1900型もこれに相当する。長野電鉄や富士山麓鉄道や富山地方鉄道にも両運転台で2扉の規格型車両が導入されている。それも難しい中小私鉄の場合、モハ63導入の見返りに供出された車両を譲渡される、というのもあったようだ。長電が東武から導入したのはこのケース。そして中小の私鉄にとって、東武などの大手私鉄の大型車両の導入も難しい場合、南武鉄道や鶴見臨港鉄道が買収された時に国電編入された、いわゆる社形と言われる買収国電を譲渡される、という方策があった。15m級の小型車両だった南武鉄道や鶴見臨港鉄道の電車は、国鉄では使いにくかったし、大手私鉄でも必要はなかったが、中小私鉄にとっては手ごろな大きさと性能であった。南武鉄道の車両は東濃鉄道や総武流山鉄道、弘南鉄道などに譲渡されていったし、鶴見臨港鉄道の車両は上田丸子電鉄や銚子電鉄、上毛鉄道などに譲渡されていった。つまり旧鶴見臨港鉄道の車両であるモ1031が配置されている、というのは、それなりの中小私鉄である、ということだ。
昨日も書いたことだが、これら買収国電はやがて17m級国電に置き換えられる運命にあったわけで、我が鉄道でも1960年代末には17m級国電を導入し、買収国電や供出車両などを置き換えたが、比較的状態の良い車両を一両残して予備車や機関車代用として残している、という設定にしよう。塗色は「昭和の鉄道模型をつくる」に敬意を表して付録の車両そのまま。これは変に塗り替えない方が、「らしい」気がする。旧塗色のまま残されている、という設定。塗り替えるならば青色22号に統一されるだろう。