「関東新制条々」14−追加法350
引き続き公務員に定められた義務。
本文。
一 可定置評定衆并引付衆及奉行人起請事
政道之源、以無私為先。誰背此理。然而且為避上之疑、且為顕下之忠、任故武蔵前司入道之時例、可被召起請文也。但雖加署判於先年之起請文、於今度者、評定衆以下一同、可令加署判也。
読み下し。
一 評定衆并びに引付衆及び奉行人の起請を定め置くべきこと
A 政道の源、無私を以て先となす。誰かこの理に背く。
B しかれば且は上の疑いを避けんがため、且は下の忠を顕らめんがため、故武蔵前司入道(北条泰時)の時の例に任せ、起請文を召さるべきなり。
C 但し署判を先年の起請文に加うといえども、今度に於いては、評定衆以下一同、署判を加えしむべきなり。
Aが理念。憲法15条の「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と似たような条文か。まあこういうアナロジーは本来禁じ手だが。
B以下がその遵守のための細目。起請文つまり誓約書を書かせることで、その担保をとろうということのようだ。現在の誓約書はかなりアバウトなもので、教科書調査官に就任した人は日本国憲法99条に基づき、日本国憲法を遵守することの誓約書を書かされて「参った」と言っていて、音読する時には「これ以上出せないというくらいの声でよんでやった」と言っていたが、起請文はもちろんそんなに軽いものではない。破れば神罰があると考えられていたのである。
Cでは評定衆以下一同つまり全員に起請文を書かせることが定められている。評定衆は有力な御家人から選ばれ、重要事を合議する。構成員は北条氏一門、有力御家人、官僚というメンバーで、立法府にあたる。その中の引付頭人がいわば閣僚、議長の執権が内閣総理大臣というところか。引付衆は各省庁で、引付衆はそこのキャリア官僚というところ。これも乱暴なアナロジーなので、まともな学問の場ではこういうことを言ってはならない。