所領組み換え

所領の組み換えとは、当初に獲得したしょぼい所領をより大きな所領に変更すること。最初に所領獲得するチャンスが巡ってきたころはまだよく分からずにびびってしょぼい所領に手を出す。しかしやがてその生産量に満足できなくなる。その時に今までの所領を破棄してより生産力の大きな所領を獲得することをいう。
私の場合☆3:0210(☆三つの価値で森林が0、綿花畑が2、鉱山が1、畑が0)を第一の所領としていた。しかもそこを砦としていた。所領は耐久力の強い砦と、生産力ボーナスが得られる村落が選べるが、最初は砦を選んでしまう。しかし実際砦が役に立つことは少ない。合戦になればたいてい落とされる。砦と本拠を両方とも守る余裕は多くの場合ない。
所領の組み換えをする場合、理想は☆7:4450(☆七つの価値で森林が4、綿花畑が4、鉱山が5、畑が0)だ。しかし人気が高く、我が本拠の側にある☆7:4450はことごとくとられていた。少し離れたところの☆7:4550を逃すとなくなるので、少し焦って合戦前にも関わらず獲得した。この所領は8000人越えの戦力が必要で、それも上級兵を混ぜないと敗北する。仮に勝利しても3000人の損害を出すので、本来は合戦直前に組み換えを行うのはあまり賢明とはいえない。
組み換えた場所の名前だが、私は所領や本拠の名前を九条家ゆかりの土地にしている。山城国九条家領として著名なのが小塩荘で、しかも私の生まれ育った地域の荘園なので土地勘があるし、親しみも湧くので、全面的に拝借することにした。そのため『九条家文書』から「小塩荘帳写」をコピーしてきて、地名をいろいろ物色する。
今のところ「小塩荘帳写」に記載されている大永二(一五二二)年の段階の小塩荘に含まれる地名は以下の通り。
馬場村、奥海印寺村、開田村、井の内村、上里村、今里村、かミ上野(上植野)村、鶏冠井村(かいで)、菱川村、志水村、古河村、落合村、川原、樋爪村、水足(垂)村、淀村、古市村、神足村、勝竜寺、宿村、北宿、調子村、下上(植)野村、久貝村、円明寺、山崎
小塩荘という荘園名から想像されるのは、小塩町で、これは善峰寺周辺、高校の時の「適応試走」というマラソンのコースである。実際の小塩荘には現在の小塩町は含まれない。小塩荘の中心はどこか、というと、九条政基が小塩荘に下向した時に滞在していた勝竜寺城になるだろう。後に細川幽斎細川忠興細川ガラシャ夫妻が暮らしたことで有名な城で、作ったのは細川頼春であるようだ。だから本拠を勝竜寺城とした。
その南西にある村落は調子村、久貝村、円明寺、下植野村、山崎が該当するが、個人的事情から円明寺に決定、あとは新たな所領がかなり離れた地域で、勝龍寺から北西にあたるのは、光明寺か奥海印寺となる。もともとは小塩荘は光明寺光明峯寺(光明寺長岡京市に現存する寺院だが、小塩荘に関係する光明峯寺は道家が「終老之地」として東山毘沙門谷に創建した寺院で、光明寺としたのは私の勉強不足)の所領として九条道家が立荘したもののようで、後に一条家随心院を経て九条家領となったのが室町時代後期のことになる。
九条稙通が小塩荘にいたかどうかは不明、というよりもどうも播磨国にいたようで、播磨国九条家領といえば蔭山荘があるので、多分そちらにいたのだろう。
追記
勝竜寺を勝龍寺と表記していたが、史料に「勝竜寺」とあるので訂正する。