茂別下国氏の系譜関係の考察

茂別下国氏の系譜に関する一連の考察。もちろんこの系譜もいわば「作られた」系譜であり、同じく安東氏の流れを引く三春藩秋田家とのやりとりの末に形成されてきたものである。
初代家政、没年月日は不明。1501年説がある。兄の下国政季が1434年か1443年に南部氏の捕虜になっていること、1454年には蝦夷地に渡っていること、1456年には檜山に移動していること、1488年に部下に暗殺されていることが手掛かりになる。捕虜になって、暗殺されるまで50年前後。死亡時には60乃至70前後と考えられる。そこから考えれば1501年死去というのは十分ありうる設定ではある。
二代某。一説には宅季。家政よりも早く死んでいることは確実であるので1400年代末に死んでいるのだろう。
問題は三代目の師季。分かっているのは家政の孫、ということは宅季の子。妻は蠣崎季広の二女または九女。1563年に「茂別矢不来」を「夷賊」に「敗続」のため失い、松前に没落したが、子との折り合いが悪くセタナイに行き、そこで1567年に死去していること。これを全てつじつまを合わそうとすれば大変なことになる。蠣崎季広が1507年生まれなのだ。その娘だから、どう考えても師季と結婚して重季を産むのは、不可能とはいわないが、不自然だ、といえよう。例えば師季のシミュレーションをすると、師季死去時のそれぞれの年齢を勘案すると、師季70歳前後、蠣崎季広61歳、季広の二女は季広長男の舜広とほぼ同世代と考えると30前後となる。40歳差の結婚か。加藤茶さんとかいないわけではないが、やはり不自然だ、という観は否めない。
師季が二人いる、と考えればどうか。師季Aと師季Bだ。宅季の子として生まれ、師季Bを産んで死去したのが師季A、季広の娘と結婚して重季を産み、1567年にセタナイで死去したのが師季B。持って回った言い方だが、家政から師季に至る系譜が少し曖昧なのだ。
松前国下国氏系譜」別名「松前下国氏大系図」には家政の息子の「某」こと宅季(仮名)の項目に「宝暦中所修下国氏系譜以て家政嫡孫師季、為嫡子者筆者之訛也。古譜師季者家政之孫也云々、然則師季有父必矣」とある。つまり家政の嫡孫と言われる師季は宝暦年間には家政の嫡子と言われていたのだ。それが季広二女と結婚し、1563年に茂別矢不来館を失い、セタナイに亡命してそこで1563年に死去するのはさすがに無理、ということで、「某」とも「家季」とも「宅季」とも言われる人物が挟み込まれた、というよりも、宝暦年間の系譜にはそれが省かれていた、ということだろう。
つまり季広二女と結婚し、茂別館を失い、セタナイに亡命したと伝えられる師季Bを家政の曾孫と考えるのである。ただ問題があって、矢不来館没落の時期は師季Aの時期、つまり16世紀初頭となる。師季Bでは遅すぎるのだ。これは次のように考えることができる。師季Aの時に矢不来館が陥落し、その後矢不来館は再建されることなく放棄され、師季Bの時に茂別館を失って蠣崎氏の庇護下に入った、と。
あるいはこう考えてもいいかも知れない。師季Aの時に茂別矢不来がまとめて陥落し、蠣崎氏の庇護下に入った下国氏であるが、主筋に当たる血筋のためしばらくは松前にいられ、また季広の娘を師季Bがめとって、蠣崎氏にとってはそれ相応に利用価値があったのだが、季広が夷狄之商舶往還の法度を定め、チコモタイン・ハシタインとともに戦国北海道の覇者となった段階で、下国氏は無用の長物となりはじめていた。季広は自分の外孫に当たる重季を使嗾して師季Bの追い落としを計った。結局師季Bはハシタインの下に亡命するが、主筋を結果として追放し、下剋上を成し遂げた蠣崎氏にとっては、家政がアイヌに攻められたことにしておいた方が都合がいいので、そういう話をでっち上げた、とも考えられる。こう考えると、矢不来館が16世紀初頭で廃絶していて、しかも矢不来館を一体の構造となっている茂別館も同時に落ちた、と考えることもできる。長くなったので、慶季継承の経緯について、また機会があれば考えたい。
とりあえず「師季B」が『新羅之記録』にも見られる師季であることは間違いないので、師季Bを師季、師季Aは詳細不明、ということにしなければならない。
追記
「安倍姓下国氏系譜」を見ていたら、各人の没年が書いてある。ただし『中世蝦夷史料』から孫引きしているので重季で切れている。
家政ー明応四(1495)年丁卯六月七日卒
宅季ー記載なし
師季ー永禄六(1563)年癸亥九月廿四日
重季ー慶長元(1596)年年丙申二月二十九日
ちなみに重季の家を継いだのは慶季だが、死去年月日は万治三(1660)年庚子八月廿九日。重季の弟の直季の孫。しかしここも疑問があって、師季の妻は蠣崎季広の娘だが、師季の次男の直季の妻も季広の娘なのだ。二女と十女では年齢差が親子ぐらい離れている、と言えばそれまでだが・・・次は重季と直季のこの問題の鍵となる記事を見ておく。