コリドラスの混泳について

コリドラスは小さなナマズの一種である。しばしば水槽の掃除屋さんとして扱われるが、愛好家も多い魚種である。しかし底棲性であることから、水槽の上部に何か入れたい、ということで、他の魚と一緒に入れたりする。
結構いろいろな魚と入れられているのだが、反面混泳の失敗例も聞かれる魚種である。しかしどの魚と混泳が大丈夫なのか、ということで調べてみると、究極「やってみないとわからない」ということのようだ。それはその通りなのだろう。そして多くの人がネット上で様々な発言をしている、ということになる。ネット上の様々な論をまとめてみると、ある魚種との関係がいい、という意見と、悪いという意見があることになる。そこでやってみる。失敗する。成功する。どちらにしても、それについて言及しようという論者は自己の体験をネット上で発言することになる。ここで問題は、あくまでも個別の体験として論じられていればいいのだが、中には自己の体験を絶対化して押し付けようとする人々もいる。自分の意見を何らかの形で普遍化しようという試みは必要なのだが、普遍化を行うために必要な考察を行わずに「自分の場合はこうでえあった」という議論が目に付くのだ。
今回はコリドラスという魚を題材にして、メディアリテラシーを考えてみたい。
コリドラスディスカスの混泳を取り上げる。これは私自身がやっているので、自分の体験がある。それを普遍化するための知識もある程度は蓄積している。それ以外の魚種はやったことがないので、わからない、としか言い様がない。
コリドラスディスカスの飼育については概ね成功例が多い。しかし一部によくない、という意見があるのも事実だ。
管見の限りディスカスコリドラスの飼育をやっていての失敗例と見なせるものを二つ検出した。それぞれの例をかいつまんで説明しよう。まず一例目はディスカスとプレコとコリドラスを飼育していた例。コリドラスが片目を食べられてしまい、「ブラックジャック」とニックネームを付けたが、しばらくしてもう片方の目も食べられ、死亡したという例。
二例目はディスカスコリドラスを一緒に飼育していたが、換水ができなかった間に一部のコリドラスが死亡した例。
一例目はディスカスコリドラスの混泳はできますか、という初心者らしい人の書き込みにベテランアクアリストが「この例を見てもディスカスコリドラスを混泳させようと思いますか」と強い口調で注意を喚起していた例だ。
しかしこれは私の印象では違う。まず「ブラックジャック」という名前が気になるのだ。ブラックジャックというからには、顔面の片方をかなり広範囲に傷つけられていた可能性が高い。ディスカスには不可能な芸当だ。初心者をしかりつけたベテランはしかしなぜプレコの可能性を考えないのだろう。一般にプレコとコリドラスの相性はよくない、といわれている。もちろんうまくいっているケースもある。しかし少しそれぞれの魚種の特性を考察すれば、むしろ犯人はディスカスではなく、プレコである可能性が高くなるのだ。このベテランは、ディスカスもプレコも実は知らないのだろう。それぞれの魚種の特性をよく勘案すればおのずからどちらが犯人である蓋然性が高いかはあまりにも明白だからだ。ついでに言えばそのアクアリストカラシンコリドラスの愛好家だが、カラシンコリドラスも実は相性がよくない可能性が高い魚種なのだ。これはカラシンの特性を考えれば、かなり蓋然性が高い。
自分の体験を述べることは非常に参考になる。しかし自分の個別の体験をある程度抽象化して論に昇華させる場合、そこにはおのずから様々な手続きが必要である。より蓋然性の高い論を立てなければならない。ネット上にある個別の事象を抽象化させる能力が欠けているから、論にならないのだ。しかし当人には自分が豊富な体験を積んできた自負はあるから、その体験がそのまま論になっている、と錯覚する。先ほどのベテランアクアリストが初心者をしかりつけた言説などは完全にこの図式に当てはまるのである。
この問題を考える際には、それぞれの魚種の特色を勘案しなければならない。それを外していきなり自分の体験を絶対化するから、おかしいことになるのだ。
ディスカスは基本的にのろい魚種である。餌取りもへたくそで、しばしばコリドラスにも餌をとられる。現地での生活パターンに関する文献を読む限りでは、ディスカスは障害物の間を巧みに遊泳することで、天敵から逃れている魚である。したがってその主張するテリトリーもせまい。わが家にいるディスカスのテリトリーもフィルターの給水側のパイプ周辺だけである。動きが鈍いので、コリドラスに何らかの危害を与える可能性は比較的低い。これがエンゼルフィッシュになるとずいぶん事情は異なる。エンゼルは早い。しばしばディスカスの数合わせに投入されることの多い魚種だが、実際はディスカスとの混泳はディスカスにとって悲劇的なことになる。餌をとられるのだ。しかもエンゼルはディスカスよりこ気性が激しく、ペアリングの時にも相手を殺してしまったりする魚種である。ディスカスは殺すことはない。性格は陰険で、記憶力がよく、根に持つタイプなので、ノイローゼになって拒食症になり、死亡することはある。殺し合いをするエンゼルとはずいぶん違う。だからエンゼルとコリドラスを混泳させている水槽を見ると、根性あるな、と思ってしまう。
プレコは底に棲む魚種である。コリドラスとは生息域がバッティングする。さらにプレコはテリトリー意識が強い。コリドラスを追い回すことは、火を見るよりも明らかである。アピストグラマもそれに準ずる。底棲性の魚種はおおむねコリドラスと相性が悪い。さらにプレコはディスカス水槽に入れる時も、ポリプテルス水槽に入れる時も注意が必要な魚種だ。口周りが吸盤になっていて、ディスカスポリプテルスの体表をなめとるのだという。入れる時にはペコルティアかブッシープレコという比較的小型でおとなしい魚種を選ぶのがポイントという。ディスカスポリプテルスにも吸い付くプレコがコリドラスに吸い付いたほうが、ディスカスコリドラスをつついたことよりも蓋然性が高いのである。したがって先ほどの例一を検討する時にはプレコの可能性も考えておくべきだったし、それを考えていれば、回答もかなり違ったことになったのではないかと思うのだ。
カラシンとの混泳だが、これも概ねうまくいっているケースが多く、コリドラスの専門家でも推奨するケースも多い。失敗例としてはカージナルテトラにひれをかじられ、死亡したコリドラスステルバイの例があった。カラシンはピラニアと近い。あごにぎっしり生えた歯で昆虫なども食べている。しかもテトラは基本的に中層から底層を泳ぐ魚で、生活域はコリドラスと見事にバッティングする。餌は取られるし、ひれもかじられる。コリドラスにとっては受難である。
二例目は単に自分の管理不足なのだ。pHが下がりすぎて一般種はほとんど死亡し、ネグロ川に生息している種だけが生き残った、という話だが、管理不足であり、ディスカスと相性が悪かったわけではない。
要するに私がいいたいのは、ネット上にある情報を鵜呑みにして自分の「論」を立てるのは危険であることだ。「論」を立てるには、それ相応の修練が必要である。しかし近年ネット上に存在するあいまいな情報に立脚して粗雑な論を立てる傾向が気になるのだ。そのことを考える一端として、アクアリウム界の「論」を検討した。