「博士(ヒロシ)です」

「博士」(ヒロシではない)を名乗るだけでオーソライズできるわけはないのだが、実際博士(はくし、またははかせ)なぞ、掃いて捨てるほど私の周りにはいる。はっきり言って「博士」あるいは同等の人しか知り合いにはいない、といって過言ではない。
ちなみに博士と同等、というのは、比較的昔に博士課程を出た人。私もそうだが、私が博士課程を出た頃には文学博士というのは碩学泰斗が持つものであり、私の指導教官も博士学位を取得していなかった。そもそも博士課程を出る時に博士論文を出す窓口もなかったし、審査する体制もなかった。規定だけは整備されたばかりであったが。結局博士課程3回生を終わる時に大学から退学願が送付されてきて、それを送り返すと「博士課程後期課程単位取得退学」ということになった。こういうのを私の指導教官は「権博士」(ごんのはかせ)と読んでいた。今は博士課程を出る時に博士学位を取得することになっている。
我が塾だが、比較的年寄りの文系科目(国語・社会)担当者はみんな「権博士」(博士課程単位取得退学)だが、比較的若い理数系科目(算数・理科)担当者はみんな「博士」である。内訳は博士(文学)・博士(理学)・博士(経済学)が一人ずつ。さらに事務のバイトの古株にも博士(理学)がいる。文系科目担当者はみんな「権博士」なので学位は一応修士(文学)となる。旧学位規定の元で学位を取得した人は今のところいない。ちなみに文学博士・工学博士というのは旧学位規定で、1991年以前に学位を取得した場合の呼び方である。私は1990年に大学を出ているので、その時には「文学士」の称号を許されたのであるが、これも1991年から「学士(文学)」に変わっており、「学士」も学位になっている。だから私の時には「卒業証書」だったが、今は「学位記」になっているはずだ。
学位規定改定がされた理由だが、かつては「文学博士」と「工学博士」とはかなり意味合いが違った。私が大学時代に一般教養科目を担当していた先生(工学博士)が「博士とかけて足の裏の米粒ととく、その心は」「取っても大した事はないが、取らないと気持ち悪い」と言っていた。大学院を出ればもらえるものだったのだ。文学博士は違った。碩学泰斗が人生のキャリアの最後にもらうもので、私の大学の日本史の教授も取っていたのは一人だけだったのではないか。私が大学院を単位取得退学するころには、少しずつとり始めていた頃で、私の指導教授も取得した時には教え子でささやかな祝いの宴を催したものである。私が学生時代から面倒をみてもらった先輩のはしゃぎぶりは、その宴がかなり大規模で「○○博士(ひろし)さんを祝う会」と言ってからかわれていた。よほど嬉しかったのか「ひろしさん」とからかっていた人の留守電にはその「ひろしさん」から「私は君とは学位が違うんですよ」というメッセージが入っていたそうな。文学博士取得はそれほど大儀だったのだ。
しかし考えればおかしい話であって、日本ではそれでいいだろうが、留学生は困るだろう。博士課程を出て博士学位を取得していないのは「さぼっていたんか」ということになる。博士学位の意味を統一しなければならない、ということになり、学位規定改定を機会に、博士学位取得の手続きが整備されたのだ。今我が塾にいる「権博士」はいずれも95年か96年に博士課程を出ているので、制度の谷間で博士学位を取得することがなかった。今は博士学位を取得してなんぼだから就職はないだろうな。だからいつまでも居座っているのだが。
以前にも書いたように記憶しているが、そこの塾はなぜ博士ばかりがいるのか、と言えば、単に人間関係で採用しているからである。講師が塾をやめたとする。塾講師が辞める理由の第一が就職であるが、我が塾でも当然研究機関への就職で人が欠ける。すると塾長が「誰か知っている人いない?」と聞いてくる。我々の知り合いには博士学位取得者しかいない。「権博士」もたまってはいるが、彼らに今更この塾のバイトを持っていくのも何か、という気もするので、比較的若手を探すことになる。生活に困っているPD(ポスドク=博士学位取得後無職の人)ならば、少々科目が外れていても無理してやってくれる。だから昨年まで「博士(文学)」が算数をやっていた。ちなみに我が大学は私学なので算数が全く出来なくても問題ない。だから算数が全くダメでも、生活のために頑張ったりする。
理系の博士が少ないのには理由がある。普通の博士は忙しいのだ。観測系や実習系は忙しく、塾のバイトをやるのは結構制約が多い。一回観測系の大学院生がやっていたことがあるが、結局ハワイでNASAと共同観測しなければならない、ということで辞めてしまった。今いる理学博士二人は理論系である。理科の講師は理論系の天文物理学、事務のバイトのまとめ役は数学というわけで、比較的時間がとれる博士が来ている。天文物理の人はいきなりヒューストンやパリの学会に出席しているが。
博士にも二種類あって、甲号博士と乙号博士がある。わかりやすく言えば「課程博士」と「論文博士」である。普通「博士」と言えば大学院博士課程を出て、博士論文を提出し、審査の上で学位を授与されるのであるが、中には博士課程を修了していなくても、博士と同等以上の学力があると認められるものには博士学位が授与される、という規定があり、それが「論文博士」なのだ。これは日本独自のものらしいが、私が今から博士をとろうとすれば、乙号博士になる。博士課程は単位取得退学ということになっているので、修了していないのだ。かと言って今から博士課程に入るのも、そんな暇も金もない。
ちなみに博士でもないのに博士となのると一応詐称になって名刺に印刷すると軽犯罪法違反になるそうだが、ブログに書き込む場合はどうなんだろう。問題ないのならば私も東京大学の博士でも持っていることにしようかな(笑)。突っ込まれたら「ヒロシです」とごまかす、と。