安東愛季について考える4

画像は織田信長(天)。

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安東愛季によって檜山安藤氏と湊安藤氏は統一され、日本海交通における重要性を高めていた。特に畿内を掌握しつつあった織田信長と交流を持ったことは、信長の北方支配の意欲を見出すものとして注目されている。信長と愛季の関係は、遠藤巌氏は愛季が浪岡北畠氏と朝廷のルートを踏襲して接近した、とするが、黒嶋氏は信長の方から愛季に接近したと解釈する。
愛季の従五位下への叙爵は、愛季が長髄彦の末裔という系譜意識を持つことで、朝廷から異論があったにも関わらず、信長が強要することで実現した。黒嶋氏は愛季の叙爵は北方支配構想よりも現実的な政治的課題への対応と見ている。具体的には足利義昭と対立しはじめていた信長にとって対立する上杉謙信を牽制するためには、庄内平野まで支配圏に収めていた愛季を味方につける必要があった、としている。
さらに畿内と愛季の使節のやり取りは、半月足らずで到達している(上杉〜織田で一ヶ月、伊達〜織田は二ヶ月)ことを考えれば、海路における愛季の存在の大きさを指摘している。