ILO169号条約

いわゆる先住民族を規定した国連の条約としてまず挙げなければならないのがILO107号条約からILO169号条約への動きであろう。
1957年に採択されたILO107号条約は「独立国における土民並びに他の種族民及び半種族民の保護及び同化に関する条約」といい、原住民ならびに多の種族民並びに半種族民に対して、労働の問題のみならず、広い範囲での保護と同化を規定した条約である、批准国は27カ国。日本は未批准である。「保護」と「同化」が正義と信じられていたこの条約の精神は「北海道旧土人保護法」の精神と変わるところはない。「文明」の恩恵に浴させることが「文明人」の責務だったのだ。先住民に対する体系的な同化政策を防止する動きは70年代頃から活発化し、80年代には「同化」は問題である、とする見方が一般化してきた。それを受けてILO169号条約「独立国における土民並びに他の種族民及び半種族民の保護及び同化に関する条約」が批准された。ILO駐日事務所による概要は以下の通りである(「ILO駐日事務所 (ILO駐日事務所)」)。

1957年の土民及び種族民条約(第107号)(当条約では「原住民及び種族民条約」と称されている)は同化主義的な方向付けであったが、時代の要請に応えてこれを改め、先住民・種族民が独自の文化、伝統、経済を維持してゆくことを尊重するため、その一部改正という形で本条約が採択された。
 まず本条約の適用対象について、先住民・種族民としての自己認識が適用集団を決定する一つの基本的基準、とされる。
 政府は、関係住民の参加を得て、これら住民の権利を保護し、当該住民の元の状態の尊重を保証するための、調整され、かつ系統的な活動を進展させる責任をもつ。本条約に規定される諸権利を含め、関係住民の人権及び基本的自由を侵害するあらゆる形態の暴力及び強制が禁止される。政府は、関係住民に直接影響するおそれのある法的または行政的措置を検討する場合には常に、適切な手続、特に当該住民の代表的団体を通じた手続等を経て、当該住民と協議する。この他開発過程と関係住民の権利、就職と雇用条件、職業訓練、手工業・農村工業、社会保障、衛生、教育、土地など重要な規定が含まれる。この条約の土地についての伝統的な権利に対する特別な配慮は、国連のその後の作業にも影響を与えている。

この条約の適用範囲は以下のように定められている。(以下条文は全て「ILO駐日事務所 (ILO駐日事務所)」)

(a) 独立国における種族民で、その社会的、文化的及び経済的状態によりその国の共同社会の他の部類の者と区別され、かつ、その地位が、自己の慣習若しくは伝統により又は特別の法令によって全部又は一部規制されているもの
 (b) 独立国における人民で、征服、植民又は現在の国境の確立の時に当該国又は当該国が地理的に属する地域に居住していた住民の子孫であるため原住民とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持しているもの

そして「原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる」と規定されている。
現在批准している国はアルゼンチン、ボリビア、ブラジル、コロンビア、コスタリカデンマーク、ドミニカ、エクアドル、フィジーグアテマラホンジュラス、メキシコ、オランダ、ノルウェーパラグアイ、ペルー、ベネズエラの17カ国。つまり日本は批准していない。日本が批准した場合に問題になりそうな条文はここ。

関係人民は、その生活、信条、制度、精神的幸福及び自己が占有し又は使用する土地に影響を及ぼす開発過程に対し、その優先順位を決定する権利及び可能な範囲内でその経済的、社会的及び文化的発展を管理する権利を有する。更に、関係人民は、自己に直接影響するおそれのある国及び地域の発展のための計画及びプログラムの作成、実施及び評価に参加する。(第7条)
この部(第二部ー土地)の規定を適用するに当たり、政府は、関係人民が占有し若しくは使用している土地若しくは地域又は、可能な場合には、その双方とこれらの人民との関係が有するその文化的及び精神的価値についての特別な重要性並びに、特に、その関係の集団的側面を尊重する。(第13条)

この条文に従えば二風谷ダムの開発はできなかっただろう。アイヌの聖地を沈めて作られた二風谷ダム工事の差し止めを求めて起こされた二風谷ダム裁判はまさにこの点を問う裁判だったのである。
さらには鮭漁では現在河川での漁は原則的に禁止され、わずかにアイヌの伝統行事をする時に特別の許可を得なければならない。資源保護の側面はもちろんあるが、「関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される。これらの権利には、当該資源の使用、管理及び保存に参加するこれらの人民の権利を含む。(第15条)」「関係人民の手工業、農村及び地域社会を基盤とする産業並びに狩猟、漁業、わな掛け、採取のような生活経済及び伝統的活動は、その文化の保存並びに経済的自立及び発展の重要な要因として認められる。政府は、これらの人民の参加を得て、適当な場合にはいつでも、これらの活動が強化され及び促進されることを確保する。(第23条)」に照らせば、アイヌの漁業に関してはもう少し積極的な施策が必要とされるだろう。
この点については多原香里氏のブログ参照(「http://www.muneo.gr.jp/diary_tahara200711.html」)
追記
おとなり日記を拝読したところ、ほとんどがサッカー関係であった。なんでかな?と思ったら、ILO169号条約の批准国が概ね中南米の国々であったからだ。中年米諸国は先住民の権利に関する一番ホットな所なのだ、と納得した次第。