神風の風景 第一章 敷島の大和心

scene1
一九四五年一月初め。鹿屋の料亭鹿翠楼。一式陸上攻撃機を主体とする七五二航空隊の士官達が宴会をしていた。昨年十月二十五日神風特別攻撃隊の関行男大尉以下五人がフィリピン沖の米空母部隊に突入して以来、フィリピン周辺で特攻が行われていた。
一人の士官が言う。
「まさに神風だ。おれたちもいずれ行くぞ」
その時一人の男が発言を遮った。
「特攻、特攻ちゅうて何が特攻が偉い。帝国海軍が弱いからサイパンも取られた。最後の手段が体当たりの自殺攻撃じゃ。これはもう戦争ではない。やぶれかぶれよ」
軍医長の吉田中佐だった。長崎医大附属病院の外科部長から軍医長に転身してきた彼は日ごろから職業軍人が大言壮語するのが気に入らなかった。あたりが静まったのを見計らって一段と声を張り上げた。
「体当たりなどせんけりゃあ、敵の軍艦を沈められんようじゃ、帝国海軍も落ち目よ。この戦いは負けよ。どうせ負けなりゃ特攻隊なんて犬死にみたいなもんよ」
その時隣の部屋との間のふすまが開いた。二人の若い士官が立っていた。階級は二人とも大尉だった。
「特攻隊を犬死にといったのは誰か!?」
飛行服を着た小柄な大尉が言った。
「わしじゃが、何か気に障ったか」
吉田中佐が立ち上がる。
「特攻隊を犬死にというヤツは俺が許さん。天誅を与える」
と言うや否や吉田中佐につかみかかり、押し倒すと手にしたビール瓶で殴りつけた。
「おい、やめろ、菅野、もういいだろう!」
もう一人の大尉が止めに入る。
「いや、鴛淵大尉、関のことを犬死にと言うヤツを許せんのです」
菅野大尉はなおも殴り続ける。
まわりの士官もとびついて菅野大尉を吉田中佐から引き離した。
その時年配の士官が声をかける。
「おい、君、ヤップにいた菅野君じゃないか」
「あ、飛行長、その説はお世話になりました。」
「どうだ、菅野君、このへんで仲直りの杯とゆかんかね。おれのとりなしということでどうだ」
「はあ、それは」
納得が行かないのは吉田中佐だ。飛行長の野村中佐から
「おい、軍医長はどうだ。手を打たんか。君も悪いんだぞ」
と声をかけられたが、「いや、私は納得できません。大尉が中佐を殴ったんですから、上官暴行です。軍法会議に告訴します」
と憮然とした表情。菅野大尉は言い返す。
軍法会議?結構です。出てきたらもっとあんたを殴ってやりますぞ」
場が険悪になる。野村中佐が鴛淵大尉に目配せをし、鴛淵大尉は菅野大尉を隣の部屋に引きずり込んだ。
続く